ガラスダンス

 知り合いからダンス大会のチケットをもらった。

 ただのダンス大会ではない。ガラスの人形を使ったダンスを競うのだそうだ。

 せっかくチケットをもらったのと、その幻想的とも言える文化に惹かれ、私は大会を見に行くことにした。

 大会は公民館のホールで行われる。人形使いが演技をするテーブルが、ステージ上にある。テーブルの周りには二つほどカメラがあり、人形使いの手元を撮影できるようになっていた。撮影された映像は舞台後方のスクリーンに映し出され、ホール後方の観客でも演技が見えるようになっている。

 会場は満員だった。人混みをかき分けて、どうにかチケットに書かれた番号の席に着く。サイレンが鳴って、まもなく始まる旨のアナウンスがされた。

 どの人形使いの演技も、実に見事なものだった。男、女、少年、少女、老爺、老婆、犬、猫、ネズミ……。様々な人形がその脚にインクをつけて、紙の上を踊っていく。脚の軌跡が幾何学模様を描くこともあれば、詩や物語を紡いでいくこともある。詩や物語の場合は、たいてい踊る人形たちのことを語っていた。

 脚に絡まったインクが尽きて、補充する姿さえも、人形たちは優美だった。ある女の人形は艶かしく、ある男の人形は猛々しく足先をインクに浸した。

 紙に足先が擦れる、かりかり、とした音と、人形たちのパーツ同士が軽く触れ合う、かんかん、という透きとおった音だけが響いていた。音楽がかかっているわけでもない。それでも観客たちは人形が発する音を楽しむために、しん、としていた。

 私がとくに惹かれたのは、龍と人間の男の物語を語る人形使いの演技だった。龍は人間の男を見初め、交わる。孕んだ子を人間の男の肚に託し、龍は去っていく……。この物語で最も不憫であるのは愛した男のもとを去らなくてはならない龍でも、いずれ託された子に肚を破られる人間の男でもない。第三の登場人物である人間の女、男の妹であった。

 男の妹は男を愛していた。おそらく妹というのは血の繋がった兄妹という意味ではなく、妹背、妻あるいは恋人という意味なのだろう。彼女は赤いインクを脚から滴らして男への思いを語る。その思いは切実であり、透明な人形であるはずの彼女に血が通っているかのような錯覚を起こさせた。

 いよいよ男の肚を子供が破る、というシーンにさしかかるとき、トラブルは起こった。

 突然、きーん、とつんざくような甲高い音がした。一秒ほどおいて、ぱりん、ぱりん、とガラスが割れる音がする。私たちは高音が鳴り終わったあとにやっと、人形たちが割れてしまったのだと理解した。

 演技を行っていた人形使いの人形たちも例外ではなかった。龍も男も男の妹も粉々になっていた。

 音響トラブルであるとアナウンスがされる。どの人形もばらばらになってしまっていて、これ以上大会を継続は不可能だと察せられた。

 舞台後方のスクリーンには、破片同士が混ざり合い、一つになった男とその妹の人形が映し出されたままだった。

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