土器片たち

田崎采彦

人形作家

 人形作家のアトリエに訪ねる機会があった。

 アトリエは薄暗く、窓から入ってくる太陽光だけが唯一の光源だった。この道具はこういうものです。このパーツは脚になるんですよ、と彼は次々に説明してくれる。私はそれに興味深いという感情をしっかりと表しながら頷いていた。

 彼の年老いた指は、つままれている人形の滑らかな脚とは対象的だった。血管がところどころに浮かび、シワが刻まれている。ごつごつ、という印象を受けた。岩肌みたいだった。この無骨な指から白魚のような人形の小さく繊細な脚が造られるという事実は、私を不思議な気持ちにさせた。

 アトリエのルームツアーは滞りなく進む。足、ふくらはぎ、太もも、股関節、胴体、関節球、頭、かつら、眼球……。すべてのパーツを工程ごとに紹介し、そのときの作業でつかう作業台や道具を見せてくれた。

 いちばん最後の工程とスペースを紹介してもらったとき、それが目に入った。

 五〇〇ミリリットルのペットボトルほどの大きさの瓶だ。中には白い何かが漂っている。

 最初私は、回虫の標本だと思った。以前行った博物館でそんなようなものを見たのである。しかし目をこらして見れば、そうではないことに気づく。

 漂っていたのは小さな人形だった。人形が透明な液体の中に沈んでいる。

 その人形の質感は生々しかった。瓶のガラスごしでも、赤ん坊のようなぷるぷるとした皮膚の質感がわかる。だが赤ん坊のようなあふれる生気は感じられない。どちらかというと先ほど私が誤認した回虫の標本や、深海魚の標本のような佇まいだった。もうすでに魂が抜かれた生きものだった。

「これはわたしが生涯をかけて造っているシリーズものです。造るのに時間がかかるので、まだ二体しか作れていませんがね」

 私が注視していた瓶の隣には、瓶がもう一つあった。中には同じように人形が浮かんでいる。

 人形たちの顔立ちはよく似ていた。「双子なのです」

 彼は瓶の片方に触れながら言う。

「男の双子です」

 二つ人形の下半身を見れば、小さな男性器がついていた。

 彼が少年の人形を造っていただなんて思わなかった。作品展や写真集で見る彼の人形は、いつだって少女だった。

「今、新しくこのシリーズに連なる人形を造っております。女の双子です」

 この男の双子は、彼女たちを造るための練習でした、と彼は呟くように言う。

「その女の子たちの製作過程を、見せていただくことはできるのですか」

 私は聞いた。人形作家は首を振る。そうですか、と私は返した。しばらくの間、アトリエは無音になった。


 アトリエツアーのあと、人形作家とその家族と一緒に食事をすることになった。

 彼の家族は小学校低学年くらいの女の子二人だった。双子で、人形作家とは血がつながっていないという。身寄りのない二人を彼が引き取ったとのことだ。

 双子はケイコとキョウコと名乗った。髪が短い姉がケイコ、髪が長い妹がキョウコ。二人とも明るく元気で、道中ずっと、きゃいきゃいとはしゃいでいた。

 私たちは海辺の洋食屋にやってきていた。人形作家のアトリエ兼自宅からは、徒歩二十分ほどだ。我々大人からしたら大した距離ではなかったが、子供からしたらかなりの距離だったらしく、着くころにはケイコとキョウコは疲れて大人しくなっていた。はしゃぎすぎたのもあるかもしれない。

 人形作家とそこそこ長い付き合いだという店主の振る舞う洋食は、とても美味しかった。ハンバーグの肉汁は鉄板の上で、じゅうっと音を鳴らし、デミグラスソースのにおいは私たちの鼻孔をくすぐった。キョウコのお腹が、ぐうと鳴り、私たちは笑った。キョウコははにかみながら、もじもじと少し下向いた。

 私とケイコとキョウコはハンバーグを頼み、人形作家はグラタンを頼んでいた。

 目の前のハンバーグにフォークを刺し、ナイフで切る。そのとき、目の前に座るケイコの手首が目に入る。コブのようなものがあった。なんだろうと首をかしげながらハンバーグをひと切れ口に運び、またナイフを入れる。再びケイコの手首に視線が向かった。

 たどたどしくナイフとフォークを使う手首のコブ。左右の腕にそれぞれ一つずつある。見間違えでなければ、それは手の形をしていた。

 はっとして背筋が伸びる。無意識に隣に座っているキョウコを見た。そしてキョウコの首筋が視界に入る。

 そこにもケイコの手首のようにコブがあった。それは人間の顔の形をしていて、ケイコとキョウコに似ていた。

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