第2話

2025/7/20 23:35

俺はその夜、不審者に遭った。

いつも通り昼過ぎに起きて、パンを一切れ焼いて食べて、また自分の部屋に戻る。特に何かするわけでもなく、ただ布団の中に潜り、時間を浪費する。何も考えず、何も心を動かさず、一日が終わっていく。十八時過ぎに母さんが帰ってくるから、その前に財布と菓子パンをバッグに詰め込んで静まり返った街へ出る。たまに同じ学校の奴らを見かける。俺の視線に気がついたように向こうもまたこちらを見る。そしてコソコソこちらに聞こえないように様子をうかがいながら話し始める。

「あれカレンダーじゃね!?」

「バカ、あいつにバレるだろ」

「あぁ、ごめん…え何があったんアイツ、ギプスしとるけど」

「お前知らないのかよ伴藤不登校になったんだぜ」

「えガチ?知らんかったわ〜」

「知っとけよそんくらい、学校中で噂になってんだから聞いたことくらいあるだろ」

「チッ」

俺はすれ違いざまに輩に舌打ちをするとそそくさと通り過ぎる。

「何やあいつ…感じ悪ィな」

「気にしたら負けだよ…てかお前いい加減そのエセ関西弁直せって!」

「いやええやろ別に!おもろいやんか〜」

ゴシップを貪る蛆虫共が。

俺は深くため息をつくとまた歩き始めようとした。

「そこのおにいすぁぁぁぁぁぁぁん!!」

突然、若い男の大きな声が俺の背後から聞こえた。俺は驚いて振り返る。薄暗い街灯に照らされながら、数十メートル先から高身長の男が全速力で追いかけてきていた。

「…っ!?」

誰誰誰誰誰!?!?

次の瞬間、俺は無我夢中で走り始めた。でも左腕のギプスが邪魔し上手く走れない。

「ちょ…!お兄さん…速い…速いって、もう!!」

僕はワイシャツの襟を掴まれ思い切り転倒する。

「はぁ…やっと追いついた…はぁーー…やっぱ若いね君……」

見上げると一人の男が全身汗だくで息を荒げていた。手足は長く細身だが身長は一八〇センチを超えている。袴のようなものの上には星空のような柄の羽織を着ており、ウルフカットの頭には半分般若、半分狐の意味不明な面をつけている。全身意味不明人間。とりま通報しとくか。

「……っ!」

ポケットから飛び出したスマホを取るため起き上がろうとすると全身に鈍痛が走った。

「あっ…!大丈夫?」

どの口が言ってんだお前のせいだろばーか。

「…警察呼びますね」

「ちょっ!待って!ホント待って!お願い」

「不審者と話すなって学校から言われてるんで。」

「不審者じゃないよ!通りすがりのイケメンさ。」

「いやブサイクやろ。詐欺師とかでしょあんた」

「よし、一発ぶん殴る。」

「あもしもし〜この後不審者に顔面ボコボコにされる予定なんですけど〜」

「いやいやいやいや俺ほんとに怪しくないから!」

「じゃ何?誰じゃない、何?お前は何?人として見れないお前のこと。」

「まあ人知は超えてますね。」

「ダルこいつ。」

「…コホン。えー、私超超超超超有名インフルエンサーの『暦』と申します。」

「はぁ?あんたが!?え動画よりブサイク〜さすが金だけあってほか何も無いインフルエンサー様って感じ」

「しばくぞマジで。実際売れてねえわ…コホン、失敬。」

「なんなんだよさっきからそれ」

「俺はね、君みたいな悩める若者に進むべき道を示してあげているんだ。…ライブ配信で。投げ銭とかたーんともらってお悩み相談とかしてて。」

「はーいインフルエンサー様の素晴らしいスピーチも結局全部金儲けの為でしたこの碌でなしがぁ!」

「そう!俺は碌でもない奴。だから皆には同じ轍を踏ませたくない、って思って活動してる。あ、ちなみにちょっと過去と未来のことがわかるよ。」

「嘘つけ。やっぱあんた詐欺師だろ。こいつ偽物だ、どうせ弱々しいおばあちゃんおじいちゃんに『もしもし俺俺〜』とか言ってんだろ」

「やってねぇわそんなの!!」

不審者だな、うん。俺は無視してその場から立ち去ろうとする。

「バレー…今でも嫌い?」

「…は?」

え、いや…なんで…こいつがそれを?

「何でも聞く。なんでも受け入れる。誰にも受け入れられなくても、俺だけは君を信じる。だから、何でも喋ってみて。」

確かにそうだ。俺はバレーで…最悪な思い出があって…でも…それを知ってる…?

マジでストーカーなのかこの人。

いや、しかし何だか温かさを感じる。あたかも俺が受け入れられないでいたことを知っているかのように、そのせいで蓄積された心の傷を包括し慰めるように、彼は慈愛に満ちた視線をこちらに向けた。

「……場所、変えましょう。」

「ありがとう。嬉しいよ」

俺はいつもの丘に暦を連れていった。

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