22.妹という光に出会うまで


──side 彩芽


私と蓮の関係を環ちゃんに打ち明けてから、数日が経った。

長いあいだ胸の奥に押し込めていたものが、ようやくやわらかくほどけていく。

あの日から私は、やっと素直な自分でいられるようになった。


その代わりに芽生えたのは、あたたかな実感だ。

──「私に妹ができたんだ」って。


子どもの頃からずっと思っていた。

小さくて、可愛くて、自分を慕ってくれる妹が欲しい、と。

けれど現実に授かったのは弟だけで、その願いは叶わないまま大人になった。


そんな私の前に現れたのが環ちゃんだった。

弟の妻として家に入ってきたあの子は、まるで夢みたいに「可愛い妹」そのものだったのだ。


けれど──環ちゃんが“蓮の四番目の妻”だという事実は、決して軽くない。

本当は結婚など望んでいなかった蓮。だが神宮寺家の当主として独身は許されず、三度の婚姻を繰り返してきた。




一人目の妻


最初の奥様は、蓮の幼なじみの女の子だった。

生まれつき身体が弱く、「結婚なんて無理」「二十歳まで生きられない」とまで言われていた。


この国では十五で成人し、二十歳前後で嫁ぐのが一般的。だから彼女にとって結婚は、どうしても手にしたい“普通の幸せ”だったのだと思う。


蓮にとっても悪い話ではなかった。

「どうせ結婚するなら、静かに寄り添ってくれる相手がいい」──そう考えていた彼にとって、病弱で穏やかな彼女は理想的な“形だけの妻”だったのだ。


お互いに必要以上を求めない。利害の一致から始まった婚姻。

……それでも、私にはわかっていた。


彼女はやっぱり蓮に恋をしていた。

引け目を抱えながらも真っ直ぐに向けられた想い。けれど蓮は最後まで、その熱に触れようとしなかった。


私の記憶に残るのは──縁側で咳き込みながらも、必死に笑顔を向けていた姿。

今でも忘れられない。


二十歳まで生きられないとされていた彼女は、少しだけ長く生きた。

それでも三年。

短いようで、今までの中では一番長く続いた婚姻生活は、彼女の死とともに幕を閉じた。




二人目の妻


一人目が去ったあと、次に迎えたのは典型的なお嬢様。

家柄も釣り合い、条件面でも申し分のない縁談。蓮にとってはただの契約結婚のはずだった。


しかし──彼女は私を誤解した。

蓮と並んで歩き、言葉を交わす私の姿を見て、「あの女は夫の愛人だ」と思い込んでしまったのだ。


直接「身を引け」と言われたこともある。

使用人たちの前で侮辱されたこともあった。

私はただ黙って耐えていた。


……けれど、それを見逃す弟ではなかった。

ある日、その振る舞いが蓮の耳に入った瞬間、烈火のごとく怒った。

「私の大切な者を侮辱する者と暮らすつもりはない」


──あっけなく終わった。


……いや、姉弟であることを隠しているのに、“大切な者”なんて言葉を使ったら火に油だろうに。

まったく、困った弟である。


その結婚は一年も続かなかった。

蓮にとっては怒りの記憶、私にとっては苦々しい思い出でしかない。




三人目の妻


二人目の件で、私も学んだ。

「これ以上、余計な誤解を招かないように」──蓮が三人目と結婚してからは、できるだけ距離を置いた。


彼女は華やかな美人だった。立ち居振る舞いも完璧で、表向きには申し分のない“当主の妻”だった。

だが、その誇り高さが裏目に出てしまった。


蓮が一向に手を出さない。

それが彼女の自尊心を深く傷つけたのだ。


おそらくこれまで、誰からも求められることに疑いなく生きてきたのだろう。

それなのに夫である蓮だけは冷ややかに距離を保ち、「女として見られていない」という事実を突きつけた。


彼女は耐えられなかった。

「私を大切にしない家に居座る理由はない」と言い残し、半年も経たずに実家へ戻ってしまった。


……二人目も三人目も、誰も“夫婦”にはなりきれなかった。

蓮にとっては、その方がむしろ都合がよかったのかもしれない。




そして四人目──環ちゃん


四人目として現れた環ちゃんは、明らかに違った。


最初は今までと同じ、ただの“契約”だったはず。

けれど、彼女が嫁いできてすぐ、私たちは大きな失敗をした。


蓮の最大の秘密──

夜になると髪と瞳の色が変わり、獣の耳と尻尾が現れること。


それを、結婚間もなく環ちゃんに見られてしまったのだ。


あのときは本当に焦った。

咄嗟に私が声をかけて蓮を逃がしたけれど……正直、環ちゃんが逃げ出すと思った。


でも違った。

彼女は逃げるどころか、正面から蓮を見て、その耳と尻尾にそっと触れたという。


真っ直ぐで、臆せず、優しく寄り添う。

無理にこじ開けるのではなく、ただ静かに心の扉を叩いてくれる。


そんな環ちゃんを見ていると、胸が熱くなる。

あの子こそ、本当に弟を幸せにできる人なのかもしれない。


そして私にとっても──

「こんなに可愛い妹ができるなんて」

そう、心の中で何度も繰り返さずにはいられないのだ。



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