21.秘密の向こうにあった温もり


「……姉弟」


彩芽さんの言葉が耳に残り、静かに胸へ落ちていった。

驚きはした。けれど、なぜか強い拒絶も混乱もなかった。

むしろ、長いあいだ胸の奥で小さく疼いていた違和感が、すっと形を変えてほどけていくような、不思議な感覚だった。


「……だから、お二人は」

気づけば口にしていた。


「似ているんですね」


彩芽さんが小さく目を見開き、それから困ったように笑う。

「そんなふうに見える……?」

「似てるか……?」


二人は同時に顔を見合わせ、思わず同じように首をかしげる。

その仕草が可笑しくて、私は思わず吹き出してしまった。


「はい。見た目は違いますけど……眼差しが似てるんです。それと、ずっと思ってました。お二人は深い信頼で結ばれているって」


──まあ、それを最初は“男女の愛情”だと勘違いしてしまったわけだけれど。

今となっては頬がじんわり熱くなるだけの黒歴史である。


「だから今のお話を聞いて……不思議と納得できるんです」


茶碗を包む手に自然と力がこもる。

温かさが胸の奥まで伝わって、心をやさしく解いていくみたいだった。


「隠していたのは、ごめんね」

彩芽さんの声は、かすかに震えていた。

「ずっと言えなかった。怖かったの……環ちゃんに、どう思われるか」


「怖いなんて、そんな!」

私はすぐに首を横に振った。

「彩芽さんがどんな過去を持っていても、私にとって大切な人だってことに変わりはありません」


彩芽さんの瞳が潤み、口元を押さえて俯く姿に、胸が熱くなる。

言葉ではまだ足りないかもしれない。けれど、今この瞬間の私にできる限りの気持ちは、確かに込めたつもりだった。


「私……知れてよかったです。彩芽さんと旦那様が姉弟だってこと」

自然と笑みが浮かんでいた。

「だって、お二人のことをもっと理解できた気がしますから」


彩芽さんはしばし黙ったのち、こぼれるように笑った。

「……環ちゃんって、ずるいなぁ。そんなふうに言われたら、私、もう泣いちゃう」


目尻をぬぐう仕草に、私もつられて笑ってしまう。

さっきまでの重たさは、もうそこにはなかった。


その時、不意に蓮が口を開いた。

「……環、ありがとう」


短い言葉。けれど、それは胸の奥にまっすぐ届いてきた。

私は思わず彼を見つめ、少し照れくさく笑みを返す。

「旦那様こそ……打ち明けてくださって、ありがとうございます」


応接間には静かな安らぎが広がり、茶の香りが柔らかく満ちていく。

それは過去の秘密を分かち合ったからこそ生まれた、新しい温もりのように思えた。



 ◆


──そして翌朝。


「おはようございます」

軽やかな声とともに扉が開いた。

てっきり、いつものように明るい挨拶が続くと思いきや──


「申し訳ございませんでした、奥様!」


彩芽さんは入るなり、勢いよく頭を下げた。


「えっ!? ちょ、ちょっと彩芽さん!?」

布団の上で飛び起きた私は、あまりの急展開に目を丸くした。


「いくら私が蓮……いえ、旦那様の姉であるとはいえ、所詮は一使用人の立場です。それなのに奥様を“環ちゃん”と呼び、馴れ馴れしい態度を……本当に、無礼を働きました」


声色まで改まっていて、私は慌てて手を振った。


「ち、違いますっ!」

息を整える間もなく叫んでいた。

「彩芽さんは旦那様のお姉様なんですから、私にとっても義理のお姉様です! それに……むしろ“環ちゃん”って呼んでもらえて嬉しかったんです」


「嬉しい……?」

彩芽さんが顔を上げ、目を瞬く。


私は大きく頷いた。

「はい。昨日、打ち明けてくださって、本当に安心しました。だから彩芽さんには、これからも変わらず接していただきたいんです」


言葉を選びながら伝えると、彩芽さんの表情が少しずつ和らいでいく。

張りつめていた気配が解けて、ほっとしたように小さな息を漏らす。


「環ちゃんってほんとに……変わってるね」


「えっ!? そこは“やさしいね”じゃないんですか!?」


「ふふっ」

彩芽さんはようやく微笑んだ。


朝の光が差し込む部屋に、穏やかな空気が広がっていく。

私たちの間に横たわっていたわだかまりは、もうどこにもなかった。



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