23.環ちゃんには“銀次”がいる?


──side 彩芽


過去のお嫁さんたちには、蓮は決して心を開かなかった。

二番目の妻に至っては、私を愛人と誤解して散々な目に遭わせてくれたけれど……それでも私は一度たりとも「蓮の姉だ」と打ち明けなかった。そんなことを口にしたら、きっと余計にこじれるのが目に見えていたからだ。


でも環ちゃんなら──大丈夫。

そう思えたのは、彼女がただ「弟の妻」だからじゃない。

蓮も私も、気づけば彼女のことを好きになってしまっていた。あんなにまっすぐで、可愛らしくて、温かい子に嘘を抱え続けるのが、だんだん辛くなってきたのだ。


だから私は、思い切って真実を告げた。


──今、環ちゃんは笑って「だったら彩芽さんは私の“お姉様”なんですね」なんて言ってくれる。

その一言に、胸がじんわり熱くなった。

おずおずと肩を寄せてきたり、恥ずかしそうにまっすぐ目を合わせてきたり。その仕草一つひとつが愛おしくて、「妹ができた」って、心から思えた瞬間だった。


……だけど、気がかりが一つ。

それは、環ちゃんと蓮の関係だ。


ふたりは夫婦。書類上も、形式上も。

でも、どうにも「本当の夫婦」になり切れていない。


目が合うときの微妙な間合い。

名前を呼ぶ声のやわらかさ。

その全部に、お互いの想いがにじんでいるのに──どうしてか一向に進展しない。


「……あの子たち、本当に大丈夫なのかな」


お茶を淹れながら思わずつぶやく。

環ちゃんは真っ直ぐで可愛いし、蓮は不器用なくせに情の深い弟。

きっと噛み合えば、誰よりも強く結ばれるはず。なのに、ふたりは自分の気持ちを飲み込み合って、足踏みを続けている。


見ているこちらがむず痒くて、もはや我慢ならなかった。



「──ねぇ、アナタたちの関係ってどうなってるの?」


ある日ついに、私は真正面から蓮に切り込んだ。

琥珀色の瞳がぱちりと瞬き、ぽかんとした顔で私を見る弟。


「関係……とは? 環とは夫婦であろう」


あまりの答えに思わずずっこけそうになった。

「そんなことは分かってるわよ! ううん、そうじゃなくて、その“夫婦として”全っ然進展してないじゃないの!?」


「進展……」

蓮は眉を寄せ、深刻そうに考え込む。


「環は優しい。だから私などに望まれても困るだろう」


「はぁ!? 何言ってんのアンタは!」

思わず怒鳴った。


「環ちゃん、あれだけアンタを見てるじゃない! どこが“困ってる”ように見えるのよ!」


「……」

蓮はぐっと口をつぐみ、琥珀色の瞳を逸らす。

私は大きくため息をついた。


「バッッカじゃないの!? 困ってるのはアンタの鈍さでしょ! 環ちゃんがどれだけ健気に想ってるか、気づいてないわけ!?」


畳をバンバン叩きながら声を張り上げる私に、蓮は露骨に居心地悪そうな顔をした。

本当に、この不器用弟め。


しかし次に口にした言葉は、私の想定を遥かに超えていた。


「……そんなわけがない。環には──好いている男がいる」


「……はぁあああああ!?」

素っ頓狂な声が出た。


「ちょ、ちょっと待ちなさい! 今なんて言ったの!?」


蓮は静かに視線を伏せる。

「環は時折……誰かを思うような目をするのだ。私に向けられたことはない。だから……思い過ごしではないはずだ」


「…………」


頭を抱えた。

それ、百パーセント思い過ごしだから!!!


環ちゃんが蓮を見つめる瞳は、どう見ても恋する乙女そのもの。

仮に本当に他の男を想っているなら、環ちゃんの性格からしてすぐ顔に出るに決まってる。

あの子が蓮の隣であんなに幸せそうに笑えるわけがない!


「──銀次」


ぽつりと蓮の口から零れた名前。


「銀次? 銀次って誰よ。聞いたことないんだけど?」

思わず眉間に皺が寄る。問い詰めると、蓮はふっと自嘲気味に笑った。


「知らぬ。ただ……縁側で環が眠ってしまった時に、名を呼んだのだ。“銀次”と。それは愛おしそうに、その男の名を口にしていた」


……嘘、でしょ?


せっかく、こんなに可愛い妹ができて。

ふたりの仲が進展すれば、ただの契約結婚じゃなくなる。

本当の夫婦として寄り添い、やがて環ちゃんに似た可愛い子どもも生まれて──伯母としては甥っ子や姪っ子を甘やかしまくってしまうかも。


……って、そこまで妄想してたのに!!


私の中で膨らんでいた幸せ図は、一瞬で崩れ去りそうになった。


弟の幸せを願っている。

でも今は、それ以上に。

──大好きな環ちゃんに幸せでいてほしい、と心から思う。


だから、もし本当に環ちゃんに想う人がいるなら……蓮には可哀想だけど、応援してあげるべきかもしれない。


……って、ちょーーーーっと待ったぁああ!!


危うく弟の悲壮感に引っ張られるところだったけど、やっぱり何かおかしい!

環ちゃんが他の男なんて、絶対に考えられない!


「……仕方ない」


ここは、お姉様の出番ね。

私は決意した。


環ちゃんの想いが、蓮に向いていることを証明してみせる。

そして、不器用すぎる弟の背中を、全力で押してあげるんだから!



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