Drown
今にも落ちそうな大きな満月が浮かぶ藍色の真夜中。今宵も5匹のサメたちは会議を執り行っていた。
「こじらせているね。」
「なかなかだね。」
「繊細で真面目で思慮深いんだよ。」
そうコソコソ話すのは2番と3番。大人しくて平和主義だ。手触りで2匹に並ぶものはいない。名前を持たない彼らは互いを番号で認識している。
「そうかい? おいらにゃ臆病で傲慢で浅はかに見えるね。自分が傷つきたくないだけじゃないか。根暗は嫌いだよ。」
5番が割り込む。彼は帆高に引けを取らない卑屈屋で、ニヒリズムを愛している。最も新しく入ってきた5番の中にはまだ沢山の綿がつまっている。
「そげんこつ言いなんなや。あん子なりにいろいろ抱えとーったい。うちらがわかってやらんでどげんする。」
4番が短いヒレでふにゃりと5番の頭を叩く。ある日突然段ボールの中から現れた彼女は九州出身らしい。姉御肌で面倒見がよく、誰よりもつぶらな瞳をしている。
「ふん、そうやって甘やかしてあの引きこもりを助長したのはどこのどいつだい。」
「そ、それはともかく、最近は小説を書き始めたらしいね。いい兆候じゃないか。ネットにも上げているみたいだし、これをきっかけに友達もできるかも。」
不穏な空気を察した2番が話題を逸らす。5番と4番がジョン・レノンとポール・マッカートニーだとすれば、2番はリンゴ・スターだ。彼がいなければまとまらない。
「小説だって、自分に酔ってるヤツじゃねぇと書けんだろ。悲劇の主人公の僕っていう自己愛が透けて見えんだよな。気に食わないね。いいかい、あいつは作品を見てほしいんじゃない。こんな作品を書いている僕を見てほしんだよ。あいつに限った話でもないけどな。恐ろしいね。承認欲求の成れの果てだ。一体どれほどの人間が、純粋に他人を楽しませたいと思って小説を書いているんだろうね。」
「それって悪かこと? 人間の行動原理なんて突き詰めりゃあ全部三大欲求と承認欲求やないか。小説だって自己表現ん手段ばい。共感してくれる人もおるんやなか?」
「いっそのこと、小説家として大成させたらどうだろう? 書いてるときは夢中になっているし、それだって一つの選択肢じゃないかな。あの子に向いているよ。」
「いいや。無理だね。覚悟がないさ。」
5番は即答しながら自慢のヒレを曲げる。こうなった彼は誰にも止められない。
「あいつが誰かのために創作できると思うかい? あいつが誰からも理解されないのはね、あいつが誰のことも理解しようとしないからだよ。矢印が自分の方にしか向いていないんだ。そりゃあひとりぼっちにもなるさ。あいつの世界には自分と母親とおいらたちしか存在していないんだ。だめだね。あれは。創作物の優劣って基本人気投票で決まるだろ? どこかにいるはずの読み手の表情を想像できない奴は向いてないさ。」
波に乗った5番が饒舌に語りを続ける。
「不幸話を垂れ流して、で? だから何? って感じなんだよな。そこから得られる何かしらの哲学というか、熱を帯びた感情というか、新しい発見とかいうものがないと。あいつにそれが描けるかい? 自分だけじゃなく、他人の心を揺さぶる何かが。創作はそこにかかっているんだよ。あいつにはその覚悟がない。生半可なんだよ。不幸を書くならとことん心臓を
「そこまで言うなら、5番があの子のゴーストライターをやればいいじゃない。いろいろ言ってくれるけど、5番は創作の何をわかっているの。あの子が神経と時間を削って紡いだ書き物を否定しないで。何かを創るって、それだけで十分立派なことじゃないの?」
珍しく3番が口を挟む。3番は帆高の小説を全て読んでいる。
「ハッ、じゃ小説家は何よりも高等だねえ。単純に自己満足だけで書く分にはおいらも何も言わないさ。ただ、そこに読者が介在する場合は別だよ。」
「まあ、うん……なるほど、小説のことはわかったよ。話を戻そうか。ボクらはあの子をこれからどうするべきだろう。」
2番が方向を定め直す。いつもの流れだ。
「自明だね。すぐさまこの部屋から追い出すべきだ。」
5番がさながら捕食者のような鋭い目で仲間たちをキッと睨みつける。
「なしてそげん酷かこと……。あん子はまだ13ばい。」
「だからこそだよ。今ならまだ学生時代のかわいい思い出で済む。考えてもみろ。こんなフナムシ生活が尾を引いたが最後、溺れ死んじまうよ!」
「静かに。彼が眠っているだろう。」
それまで糸のほつれを引っ張りながら話を聞いていた1番が5番をなだめた。4匹は口を閉ざして、ベッドの上で小さく丸まった
「気長に見守っていようじゃないか。大丈夫、彼には腕も足もあるんだ。いずれ泳げるようになるさ……。」
Drown 新川山羊之介 @yaginosuke
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