第31話 それはない

公園の一角で、宝月を含む数人のモデルが撮影を開始した。


 カメラマンの指示に従い、宝月はくるくると表情を変えていった。

満面の笑み、少しすました顔、どこか憂いを帯びた表情……。


どれもこれも、ちびっ子広場で見た「愛嬌たっぷりの妹」の顔とはまるで違う。瞬時にプロの顔に切り替わった。


 (へぇ、なかなかやるな。メスガキ属性だけじゃねぇんだな)


 俺は離れた場所から、感心しながら撮影風景を眺めた。


 撮影が終わり宝月と船井は、このまま事務所に向かうため公園の入り口で別れることになった。


「あ、福ちゃん。ちょっと待ってて!」


 少し離れてから、宝月が俺のところに近寄ってきた。


「あんた目的忘れてないでしょうね? 可愛い撮影現場も見れて名刺も貰ったんだから、ちゃんと調査しときなさいよ」


 そう言って、俺の背中をバシッと叩いてきた。忘れたふりをして逃げようと思ったが、釘を刺されてしまった。


 俺は、船井から貰った名刺をポケットから取り出した。芸能事務所「サイクル芸能」。しゃーない、覚えておくか。


 解放感から伸びをして寮に帰ろうと、俺はバス停に向かった。


 バスを待っていて、ふと気づいた。女神カードの上限は1500円。今日のバス代(往復)と公園の入園料を足したら、帰りのバス代が足りなかった。


 (くそっ! 俺の女神カードの上限、低すぎだろ! もう少し融通利かせろよ、あのケチ女神が!)


 俺は心の中で毒づいた。歩いて帰るには、あまりにも面倒な距離だった。


 (羽立! 聞こえるか!? 緊急事態だ!)


 テレパシーを試してみたが、当然、力が封印されているので反応はなかった。


「ちんちくりんのダメ神! 監視してるんなら返事しろー!」


 バス停で大声で叫んでみた。少し待つが、何も聞こえなかった。


 (文句の一つも返ってこない。肝心なときにこれだよ、あの女神は……)


 どうしたものかと考えていると、後ろから声をかけられた。


「何を叫んでいる不審者がいるかと思えば……たしか黄泉坂 光輝だったな」


 振り返ると、そこに立っていたのは、生徒会副会長の空渡司だった。汚物を見るように俺から一歩距離を取って、腫れ物のように接してきた。


「おー、生徒会副会長の……あー、あれだあれ」


 やれやれ顔で司は言った。「生徒会長ファンクラブ会員ナンバー001、空渡司だ」


 決めポーズで司はメガネをクィっと上げて、得意げに名乗った。


「いや、普通は生徒会副会長って前置きするんじゃねえの!?」


 俺は思わずツッコんだ。


 この際、仕方ない。俺は助けを求めることにした。


「実は、凶悪な少女に強制連行されて、お金もなくなって帰れなくなってしまったんだ」


 俺は真面目に説明したが、司は冷ややかな目を俺に向けてきた。


「黄泉坂……お前、病院と警察、どっちがいい?」


「待て待て! スマホから手を放せ!」


 俺は慌てて船井の名刺を取り出し、司に見せた。


「これが証拠だ! クソガキのマネージャーの名刺だ! 信じろ!」


 司は名刺をじっと見てから、少し思案する様子を見せた。


「……それで、帰りのバス賃を貸してくれってことか」


「簡単に言うと、その通りだ」


「寮まででいいんだな。返さなくていいぞ」


 司は、あっさりとお金を貸してくれた。


「なんだ、意外と良いヤツだな。インテリメガネ」


 俺はバスに揺られながらそんなことを独りごちた。

思っていたよりも、この学園の人たちは面倒見が良いのかもしれない。……いや、今までのことを振り返ると、それはないだろう。

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封印勇者の学園生活 しくれ @Yg4v5zRd

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