第30話 離島に届くくらい有名にしますよ
撮影現場はバス停5つ先か。
のろのろと準備していると、宝月に「ほんとグズね。モタモタしてると遅れるわよ、のろま!」と急かされ寮を出た。
すると、玄関先で茉央が掃き掃除をしている姿があった。
(破壊と蹂躙が趣味だった竜魔王が、箒とチリトリを持って掃き掃除……。俺も昔はラナの世界で勇者と呼ばれた身だが、さすがにこのギャップはからかいたくなる)
「おやおや、畏れ多くも会長様が箒片手に掃き掃除ですか? 掃除するのはゴミじゃなく人間の間違いでは?」
「愚問だな。家の汚れは心の汚れ。日々精進することは当然の務めだ。その緩んだ顔は宝月に悪影響だぞ」
「うるせー! この顔は生まれつきだ!」
逆に説教され、宝月には「ほらほら、悪役みたいに絡まないでお姉さまの邪魔しない」と、ダメ人間を見る目で見られた。
そこそこ混んでいるバスに乗る。空いている席があったので宝月を座らせ、俺は隣に立った。バスはガタガタと揺れながら、目的のバス停まで進んでいった。
「なぁ、お姉ちゃんっていつもどんなバイトしてるの?」
「んー?だいたい飲食店とか、昨日みたいなイベントに出たりしてるんだ」
宝月はそう言いながら、どこか誇らしげな表情で風月の話をした。
「へぇー、生徒会役員もやって、風月さんも大変だな」
「でしょでしょ? だから、あたしがお姉ちゃんの分も頑張って、早く有名になって、お姉ちゃんとママを楽にしてあげたいの」
宝月の真っ直ぐな言葉に、らしくもなく俺は少し胸が熱くなった。
何回かの停車で乗り込んできた、小さい子連れの妊婦に宝月は率先して席を譲った。
「どうぞ、お座りください」
妊婦に「ありがとう、助かるわ」と感謝され、宝月は「どういたしまして!」と、お姉さん然として小さな子供とお喋りしていた。
「可愛いわねぇ。いくつ?」
「3さい!」
「ふふ、じゃあお姉ちゃんが、遊んであげよっか?」
(おいおい、さっきまで俺のことザコザコ言ってた奴が、誰だよこいつ)
バスを降りて、俺はにやにやと宝月をからかう口調で褒めた。
「へぇー、宝月お姉ちゃんは優しいんだなぁ。おじちゃんにも優しくしてほしーなあ」
「黙れチンアナゴ!」
俺の言葉に宝月は顔を赤らめ、死角から俺の脛を蹴り上げてきた。
撮影場所の公園は、入園料を取るらしい。
「はあ? 公園で金取るのかよ。公園は普通、無料だろ」
文句を言いながら入園すると、案内板が目に入った。
大きな池と、小規模ながら動物コーナーがあるのが売りのようだった。家族連れで賑わっていた。
現場に着くと、スーツ姿の20代後半に見える男が近づいてきた。
「あ、福ちゃん! おつかれ~」
宝月がそう声をかけた。近くで見ると、少し疲れが顔に出ているようだった。
「福ちゃんじゃなくてマネージャーだろ、宝月。そちらが電話で言ってた離島から観光に来た叔父さんかい?」
「はあ? おじ……いてぇ!」
宝月が死角から俺の背中をつねった。
「そうなの! 生まれて初めての都会だから、現場見学させてあげようと思って」
どうやら話を合わせろ、ということらしい。
「どーも、宝月の叔父で光輝いいます」
(叔父設定は無理だろう)と思っていたが、相手は気にしないようだった。
「宝月のマネージャーで、船井福と言います」
船井はそう言って名刺を渡してきた。
「宝月。現場に挨拶とメイクさんが待ってるから準備してきな」
「はーい!」
少し離れた場所で、撮影班と関係者らしき集団がいた。宝月は元気に返事をすると、そちらの方へと駆けていった。
船井と2人残され、俺は話題に困っていると船井が語り始めた。
「宝月をスカウトしたのは、実は私なんですよ」
これは過去を語りだすパターンだ。
「あの娘を見た瞬間、この娘は大成する、間違いないと確信しましたね。あの素直さ、明るさ、そして何よりも人を惹きつける天性の魅力。もう、私にとっては宝物のような存在なんです」
船井の言葉に全肯定はできないが、仕事に対する真摯な情熱と、宝月を成功させようとする強い気持ちが伝わってきた。
「テレビCMのオーディションにも、もう何度も勝ち残る実力も備わってきて、もっと高みを目指せますよ。離島に届くくらい有名にしますよ、宝月を!」
嬉しそうに笑う船井に合わせて俺も笑顔を作った。だが、俺は叔父でもなければ、離島暮らしでもない。どこか居心地の悪さを感じてしまう。
船井の語りに熱がこもってきた頃、「福ちゃーん!」と、宝月が船井を呼んだ。
「そろそろ撮影が始まるんで、島の土産話にでもしてくださいね!」
悪気のない口ぶりでそう言うと、船井は撮影の輪へと入っていった。
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