第10話 海辺のベンチで聴く音

杉見未希

第10話 海辺のベンチで聴く音

初めての“デート”は、人の少ない海辺。

波の音と懐かしいメロディが、ふたりの時間を静かに包み込む。

無理をしない、ゆっくりとしたペースで、ふたりはこれからを歩みはじめる。


休日の午後、拓真から送られてきたメッセージは、とてもシンプルだった。


海のほう、行ってみませんか?

人が少なくて、静かな場所があるんです


美羽は少し考えたあと、

「行きたいです」と返信した。


海辺の小さな駅に着くと、潮の香りと、遠くから聞こえる波の音が迎えてくれた。

観光地ではないから、人はまばらで静かだった。


拓真は、砂浜のそばにある古いベンチを指さした。

「あそこ、座れますよ」


ふたりで並んで腰を下ろすと、潮風がふわりと頬を撫でた。

波の音が一定のリズムで響き、イヤーマフをしなくても落ち着けるほどの静けさだった。


美羽は思わず、小さくつぶやいた。

「落ち着くね」

「はい。ここ、僕がひとりでよく来てた場所なんです。音がやわらかくて、疲れないから」


ふたりの会話はゆっくりで、沈黙も、まったく気まずくなかった。


拓真はバッグから、小さなカセットプレイヤーを取り出した。

「……片下さんが言ってた、中森明菜さんの曲。カセット、見つけました」


ヘッドホンを片方ずつ分けて、一緒に“ミ・アモーレ”を聴く。

海風と波の音の中に、懐かしいメロディが重なった。


美羽は少しだけ笑った。

「……ほんとに、探してくれたんだ」

「片下さんが好きな曲なら、聴いてみたいと思って」


言葉は少ないけれど、そのひとことが胸に静かに響いた。


しばらく曲を聴いたあと、拓真が少しだけ真剣な顔になって言った。

「これからも、無理しないで……会っていけたら、いいなって思ってます」


美羽はすぐに返事をしなかった。

でも、胸の奥がじんわりと温かくなって、自然に笑顔になっていた。


「……うん。私も、そう思う」


波の音が、ふたりの会話をやさしく包んでいた。

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第10話 海辺のベンチで聴く音 杉見未希 @simamiki

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