第8話 静かな音に隠れた気持ち
杉見未希
第8話 静かな音に隠れた気持ち
昭和のレコードが流れる喫茶店で、ふたりは少しだけ、互いの過去を話しはじめる。
誰にも言えなかったことを、ゆっくりと言葉にできる相手がいる──そのことが、美羽の心をそっと軽くしていく。
レコードの針が落ちる小さな音がして、やわらかなイントロが店内に広がった。
流れてきたのは、松山千春の「恋」。
少し切なくて、でも優しい歌声だった。
「……この曲、母が好きだったんです」
美羽はレコード棚のジャケットを見つめながらつぶやく。
拓真は驚いたように、けれどやさしい目でうなずいた。
「僕の母もです。昭和の歌って、なんだか声がまっすぐで……落ち着きますよね」
「うん……なんか、安心する」
カップを持ち上げ、ミルクティーをひと口飲む。
甘さが喉をすべる感覚と、店内の落ち着いた空気。
美羽は少しだけ勇気を出して、言葉を続けた。
「……私、音が苦手で。学校の頃、クラスの笑い声とか、すごくしんどくて……でも誰にも言えなかったんです。変だって思われるのが、怖くて」
拓真はすぐには返事をしなかった。
代わりに、テーブルの上のスプーンをゆっくり回しながら、少し考えてから静かに口を開く。
「分かります。僕も、ある日突然、音が無理になって。人混みに行くのが怖くなったし、それを説明するのも難しくて……結局、誰にも言えなかった」
美羽は顔を上げた。
彼の声はいつもより少し低くて、でも落ち着いていた。
「だから、片下さんと話すと……なんか、楽なんです」
胸の奥がじんわりと温かくなる。
同じように感じている人が、目の前にいる。
そのことが、ただそれだけで心を軽くしてくれた。
ふとレコードが止まり、針がカチリと戻る音がした。
店主が新しいレコードを選び、今度は中森明菜の「セカンド・ラブ」が流れ始める。
美羽はそっと笑った。
「この曲も、母がよく聴いてた」
「じゃあ、次は片下さんが好きな曲、教えてください。僕、今度探しておきます」
拓真の言葉に、美羽は少し照れながらうなずいた。
窓の外では、夕暮れがゆっくりと夜に変わり始めていた。
第8話 静かな音に隠れた気持ち 杉見未希 @simamiki
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