第3話 約束

 『おーっと!!ここで中央小串大学・北村選手が先に核に到達したーーーッ!!!』


 実況の白熱した声がフィールド全体に響き渡る。


「え!もう?ど、どうしよう、急がなきゃ!」


 実況の声にそらは思わず焦りの声をあげる。しかし横にいる赤夏はというと――

 

「まあ、あせんなて」


 相変わらず余裕の笑みだった。


『北村選手はスピードタイプですからね。先に取られてしまったのは痛いですが……ここからの南陣地側の動きに注目ですね!』


 実況の解説を聞きながら、赤夏の目がギラリと光る。


(あ、これ絶対なにか考えてる顔だ……)


 そらの不安をよそに、赤夏が勢いよく拳同士をぶつける。


「よっしゃ、ほな、説明会はこの辺にして行こか!」

「え、どこに?」

「敵のところに決まっとるやろ」


 当然や、とばかりに言うと、赤夏は敵陣地方面へ走り出す。


「場所わかるの?」

「そんなもん決まっとるやろ」


 そらが不安そうに聞くと、赤夏はなぜか胸を張り、ドンとそらの肩に手を置く。そして――

 

「勘や!」

「え〜……」


 頼りない気しかしないが、ほかに選択肢もないものでそらは(大丈夫かな?)そう思いながらも、赤夏の背中を追う。


 ♢


 一方そのころ――北陣地側の森では。


 核を手にした中央小串大学の二人が、木々の間を隠れながら走っていた。

 

「はっ、何がU15世界大会だよ。全然大したことねーじゃん」

「油断しないでよ、日菜子。こっちが有利とはいえ何があるか――」

「大丈夫だって。私を誰だと思ってんの?スピードには自信があるんだからさ。追いつけるわけないって」


 田中紗千の忠告も、北村日菜子には届いていないようだった。


 そのとき――

  森の奥から、かすかに風をなぞるような音が届いた。


「…今の、聞こえた?」


 紗千が足を止める。しかし、日菜子は気にも止めず走り続ける。



 ♢ 


「本当にこっちでいいんだよね?」

「大丈夫やて」

「でも……」


 そらは焦っていた。


 (このまま見つからなかったら、負けちゃうの?そんなの嫌だ……絶対に嫌……)


 時間は刻一刻と追ってくるのに、敵影は見えない。そらの不安も大きくなる一方だった。


 そんなそらの不安を察したのか、赤夏がニヤリと笑う。

 

「そら、一つええこと教えたるわ」

「え?」

なんて当てにならんと思っとるやろ?」

「え、まあ……」

「ハハ、普通はそう思うわな。やけどな――ここはMMBシステムの中や。魔法が使えるんやで。やったらこれも勘なんかやない」

魔法や!!!」


 木々が途切れ、開けた場所へ出た瞬間――


「あっ」


 目の前に、中央小串大学の二人がいた。


「楓、今や!」

『言われんでも、わかっとるよ』


 離れた場所に待機していた楓がすぐさまフルートの演奏を開始する。


 透き通るような音色と共に、身体がじんわりと熱を帯び、能力値が一気に上昇していく。


(体が熱い⋯…これが奏者の力……今なら何でもできる気がする!)


「なんでここが……!」

「逃げるよ!」


 日菜子は目を見開き、その場を動けなくなっている、反対に紗千は冷静に日菜子を連れて逃げようとしていた。


 日菜子と紗千が動いた瞬間、赤夏がスッと前に立ちはだかった。


「逃がさへんで!」


 しかし、日菜子の足は思う様に動かないようで。


「くそ、望、バフ早く!」

「そんなこと言っても……さっきまで全力で演奏してたからもう魔力が……!」

「はぁ!?少しは考えろよ!」

「な、日菜子が全力で行けって言ったんでしょ!」


 中央小串大学側の奏者は、もう魔力が残っていないようだった。それもそうだろう、先程までずっと途切れずヴァイオリンの音が鳴っていたのだから。


 仲間割れのスキをついて、赤夏はゆっくりと詰め寄っていく。


『おっとここで……中央小串大学、まさかの仲間割れか?』

「油断しとってくれて助かったわ。……まあ、最初からこうなることはわかっとたことやけどな」

「そんなわけ……ない……!」


 ◇


 試合前の控室で――


「楓、わかっとるとは思うけど」

「最初は演奏せん――つまりバフを掛けない、やろ?」

「え、なんで?」


 そらは頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。

 

「まず、今日は試合時間が20分しかない、短期決戦や。相手は絶対、序盤に全力で来る」


 赤夏の言葉に絶対という言葉に、疑問が生まれる。

 

「どうしてわかるの?」

「うちらの事、なめきっとったからな、それに、相手はスピードに自信がある選手やから、核取って逃げ切れば勝ちっちゅうわけや」

「なるほど、でも、よくわかったね相手がスピードタイプだって」

「練習してたところ少し見とったからな」


 赤夏の事だから、勢いだけの作戦かと思ったが、しっかりと相手の事をみていたようだ。


「なるほど」

「まあ、話を戻すと、最初は相手に核を取らせて、最後に取り返すちゅう作戦やな」


 ◇


「まあ、最初っから作戦通りちゅうわけや」

「くそっ」


『終了時間が迫ってまいりました、時間的にもここが最後の攻防でしょう!』


 赤夏と北村日菜子が睨み合う中、そらはふと違和感を覚えていた。


(……ん?さっきまで、もう一人いたよね?)


 胸の奥がざわつく。


(何か嫌な予感……攻撃が飛んでくる……?でも、こんなのただの勘で――)


 その瞬間、そらの脳裏に赤夏の言葉が蘇る。

 

『そら、一つええこと教えたるわ』

『え?』

『”勘”なんて当てにならんと思っとるやろ?』

『え、まあ……』

『ハハ、普通はそう思うわな。やけどな――ここはMMBシステムの中や。魔法が使えるんやで。やったらこれも勘なんかやない』

魔法や!!!』


(――ここだ!)


 そらは赤夏へ体当たりするように飛び込み、拳に風をまとわせ勢いに任せて腕をふる。

 拳が当たった直後、空間の”何もない場所”から何かがぶつかり、弾かれた。


「なっ!」

「嘘だろ!紗千の特殊魔法が!」

 

 透明化していた田中紗千が驚いた顔をして姿を現した。


「やるやないか!」


 その一瞬の隙を逃さず、赤夏が核へと手を伸ばす。


『残り時間10秒を切った!!!』


 赤夏の手が当たり、核が空中に浮く。

 北村日菜子と赤夏、二人が同時にジャンプする。


「これは、うちのもんや!」

「私のだ!」


『そこまで!!!』


 実況が叫んだ瞬間、核を掴んでいたのは――


「よっしゃー!とったで!」

「くそっ……!」


『決まったーーーッ!最後の核を奪ったのは、加賀美赤夏ーー!!最後まで奏者のバフを残しておいたのが勝負の決め手になりましたね』


 試合が決まった瞬間、MMBシステムが解除され、フィールドは再び何も無い白い空間に戻った。


 全員が中央へと転送される。


「よっしゃー!勝ったでーー!」


 赤夏はその場でぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを爆発させる。


 (勝った……?私達が……勝ったんだ!)


 そらは胸を抑える。生きてきてこんなにドキドキするのは初めてだ、と思う程に胸が高鳴っていた。


 赤夏が大学生達に指を指し、叫ぶ。


「おい、約束覚えてるやろな?」

「わかってるよ!もうこんなとこ来るかよ!」

「ちゃんと謝ってから帰れよ!」

「わかってるよ!」


 中央小串大学の三人が去っていき、広い空間にはそら・赤夏・楓だけが残された。


「いや~最後は助かったわ!」

「ホンマに、よう気づいたな〜」


 二人に褒められたそらは、照れ隠しのように頭の後ろへ手を当て、頬をほんのり赤く染めた。


「なんか……よくわからないんだけど、そんな気がして」

 

(あの感覚、なんだったんだろう?)


「赤夏、そろそろ戻らんと先輩に怒られるんちゃう?」


 楓の冷静な一言に、赤夏の顔色が一瞬で青ざめる。


「や、やばっ!?なんで早よ言わんのや!」

「言ったところで、どうせ試合はやったやろ?」

「当たり前やろ!」


 言い合いをした後、二人してそらの方へ向き直る。


「ホンマにごめんやねんけど、うちらもう行かなあかんくて」

「赤夏がかってに連れてきたのに、ホンマごめんな」


 赤夏は焦りながらも、しっかりそらの目を見据える。


「ほな――次合うんは、MMBの全国大会やな」

 

 そのまっすぐな視線に、そらは息をのむ。

 少しだけ戸惑った後、ぎゅっと拳を握りしめて返した。

 

「うん。絶対に行く、待ってて、赤夏」

「待っとるで!」


 二人は拳をコツンと合わせる。


「でもな、遅かったら置いてくさかい」

「え〜……」


 思わずそらがむくれると、二人は顔を見合わせて笑った。


「赤夏、ほんまに行くで」

「おう!ほな、またな!」

「うん、またね!」


 初めてMMBの試合をしたこの日から、そらの運命が大きく動き出した。


 

 

 


 


 

  


 

 

 


 


 


 

 


 


 


 


 



 


 

 


 

 

 

 


 

 


 


 




 


 


 


 

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2025年12月21日 22:00
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MMB《エムエムビー》――魔法と音楽?そんな競技あるの? 大和由愛 @raiyu

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