第2話 一つ目の事件現場

「なるほど。ここが一人目の被害者が出た事件現場ねぇ」

 エイリークのつぶやきに、私もうなずく。平民区の商業区画にある暗い裏路地の一画、ここが凶悪な連続殺人が始まった場所。事件発生は既に一か月程前であったため、現場は検証を終えた後、全て片付けられている。

「見事に何も残ってないねぇ」

 先程から熱心に石畳や壁を調べていたエイリークがつぶやく。私は調査に関してはド素人なため、あまり手出しをしないように彼から言いつけられている。いまさらながら、少々人選にミスがあったように思わなくもない。再び地面を調べていたエイリークの動きが一瞬止まる。何か見つけたか聞くと「いや、何でもない」と返される。一瞬、何かが光を反射したように見えたが、何でもないというのなら、気のせいだったのかもしれない。

「いま、ざっと調べてみたが、手がかりっぽいのは残ってないな。調べ残しがあると困るから僕はここに残るが、お前は聞き込みをしてきてくれ」

「聞き込みなら既に憲兵隊が行いましたが、目撃証言はなかったらしいですよ?」

「んー...いや、もう一度聞き込みしよう。何か聞き逃しがあると困る」

 ホテルでの一幕とは打って変わって非常に真剣な表情でエイリークは言う。

「わかりました。では、もう一度聞き込み調査をしてきます」

 その真剣な表情に私は負け、近所の住民に話を伺いに走った。


 一時間ほどが経った。

 私は聞き込み調査を続けている。しかし、特に目新しい情報はなく、成果なしの状態が続いている。今、目の前にある家が聞き込みができる最後の場所だ。息を深く吸い、そして吐く。自分に集中を促す。そして石階段を登り、ベルを鳴らす。

「すみませーん。憲兵隊の者なのですが、お話伺ってもよろしいでしょうか」

 私の声にこたえるように「はーい」という声が家の中から響く。どうやら、女性の声の様だ。一拍間があいた後、扉が開く。おおよそ30代の女性が扉を開け、にこやかな表情で口を開いた。

「憲兵さんですね、今日はどんなご用件でしょう?」

「私、最近発生した連続殺人について調査していまして、周辺の方にお話を伺っている最中でして...何か心当たりなどありましたら、ご協力お願いします」

 この家でも手がかりが手に入らなかったら、ここ周辺は空振りに終わる。丁寧さを意識下はいいものの、そんな緊張感が襲い、声にも少し力が入る。

「あら、その事でしたら、以前にも憲兵さんにお伝えいたしましたわ。特に気になったことはなかったように思いますけど...」

 空振りの事実に、少しだけがっかりとする。

「何か、本当に細かい事でもいいんです。当時の事を思い出して、何か少しでも気になるところはありませんでしたでしょうか?」

「細かい事ですか...これも以前伝えたのですが、事件現場の周辺には、憲兵さんの姿しか見えませんでしたわ」

 少し粘ってみても、空振りの結果は変わらなかったらしい。こうなったら次の現場に早々に移行したほうがよさそうだなと思い、感謝の言葉を口にしようとした。

「奥さん、その憲兵について、もう少し詳しくお願いできますか?恰好や何か特徴的な装備品、もしくはこちらにいる彼女と比較して何か装備品が足りなかったりはしませんでしたか?」

 突然、背後から男の声が響いた。振り返ると、そこには調査を終えたのか、エイリークが立っていた。大剣を片手に持ち、革鎧をまとった男。なにより、額に生えた角。他所から見れば悪党にしか見えない彼の登場に、奥さんは顔をしかめ、隠しきれていない嫌悪感をあらわにする。

「す、すみません。彼は今、憲兵と協力して調査をしていて、不審な人ではないんです」

 とっさに、エイリークを庇う。この男、もう少し登場の仕方とか格好とかを改められないのだろうか。傭兵っていう事情を抜きにしたら、暴漢に見えなくもない出で立ちに、心の中で思わず文句を垂れる。

「あら、そうなの?ごめんなさいね、つい不審者かと...。そうねぇ、憲兵に関してですか...。ごめんなさいね、憲兵さんが一人で歩いていたことぐらいしかわからないわ。恰好もそこのお嬢さんと同じ憲兵隊の装備に見えたし...」

「奥さん、その憲兵、彼女と同じような徽章を、ここにつけていましたか?」

 エイリークは、私が身に着けているマントの留め具となっている徽章を指さした。憲兵隊が仕事にかかっている時にのみ装着が許される徽章だ。隊員は皆、この徽章をマントの留め具として利用している。

「ええ、つけていたはずよ」

「なるほど、ご協力ありがとうございます。大変助けになりました。良い一日を」

 エイリークは綺麗な笑顔を顔に浮かべ、大げさなほどに感謝と一日の幸福を祈る。こうしていれば、正統派のイケメンの癖に、何故普段はあんな人を小ばかにしたような表情を浮かべるんだろうか。

 とりあえず、現場を後にして、次の現場に歩き出す。

「それで?」

「ん?」

 先程、聞き込みに割って入って来て、執拗に憲兵について聞いたことについて質問してみる。しかし、彼はまたも「いや、なんとなく気になっただけだよ。特に得たものはない」とごまかす。その態度には少し腹が立ったものの、先程仕事には真剣な面持ちで取り組む姿勢を見せられた以上、何か事情があるのだろうと無理に追求することはできず、結局無理やり疑念を流す。

 次の現場に着くと、彼は再び遺体が放置されていた石畳や壁を隅々まで調べ始めた。場所は丁度現場にいても私は特に力になれないため、再び聞き込みに行こうと歩き出すと。「あ、ちょっと待って」と、急に呼び止められた。何かと思いエイリークの方を見る。

「聞き込みの時、何か思い当たることを聞くほかに、憲兵について聞いてきてくれ。事件発生の頃と思われる時間帯に、憲兵がいたかどうか。そして、その憲兵はどのような僧琵琶押していたかを含め、細かいとこまで全部」

「さっきから思っていたんですけど、何で憲兵の事をそんなに執拗に聞くんですか?まさか、憲兵が犯人だとでもおもって...」

「お願いだから」と急にエイリークが遮る。

「え?」

「お願いだから、ね?」

 表情は真剣なまま、彼は私に微笑みかける。思わず見とれてしまいそうなその表情に、一瞬思考が固まる。

「...分かりました、それ含めて聞いてきます」

 私は、そう答えざるを得なかった。

 

 結局、この日は一日中様々な現場の調査をして終わった。結局、得た情報は最初の現場でのものとほとんど変わりがなく、あまり進展は得られなかった。

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