【完結編】第12章 窓の外の微笑み
悠真との同棲生活が始まってから、日々は嘘のように穏やかになった。
仕事から帰れば「おかえり」の声があり、狭いキッチンで並んで夕食を作る。
休日はスーパーへ買い物に行き、テレビを見ながらビールを飲む。
そんな何気ない時間が、私にとって何よりの安らぎだった。
——あの白装束の女は、もう現れない。
そう信じていた。
けれど、時折ふとした瞬間に、背筋を撫でるような視線を感じることがあった。
秋の夜、何気なく窓の外を見やると、街灯の下に人影が立っている。
腰まで届く黒髪、白い衣。
その顔がゆっくりと上を向き、こちらに向かって微笑んだ——気がした。
瞬きをしたときには、もうそこには誰もいなかった。
胸の奥に冷たいものが差し込むたび、私は悠真の胸に顔を埋めた。
彼の匂い、体温、腕の力——それらが、あの夜の記憶を遠ざけてくれる。
ベッドの中。
私たちは唇を重ね、互いの熱を確かめ合う。
服が少しずつ脱ぎ捨てられ、肌と肌が触れ合うたび、心が解けていく。
——その夜の悠真は、何かが違った。
いつもよりも異様なほど熱を帯び、まるで何かに追い立てられるように、私を強く抱きしめ、奥まで激しく何度も突きつける。
その熱は、どこか覚悟を決めた者の焦りのようにも感じられた。
息が荒くなり、互いの汗が混じる。
視界の端に、鏡台の鏡が映る。
そこに——いた。
白装束の女が、血走った目でこちらを見つめている。
笑っているのか泣いているのか分からない、歪んだ表情で。
口元がゆっくりと動き、氷を噛むような冷たさを帯びた声が響いた。
——「許さないわ」
全身の毛穴が開き、喉が震える。
それでも悠真は何も気づかず、さらに深く私を貫く。
恐怖に震える心とは裏腹に、身体は異常なほど熱を帯び、快感がすべてを塗りつぶしていく。
やがて、彼と同時に絶頂を迎え——そのまま意識が闇に沈んだ。
……気がつくと、朝だった。
カーテンの隙間から差し込む光が眩しい。
隣に視線をやると、悠真は静かに横たわっている。
「……悠真?」
呼びかけても返事はない。
耳を澄ませても、静寂だけが部屋を満たしていた。
手を伸ばすと、その身体は氷のように冷えていた。
胸の奥が急に締めつけられ、息が詰まる。
頭の奥で、昨夜のあの視線がよみがえる。
そのとき——。
窓の外をかすめるように、白い影が動いた気がした。
ゆっくりと振り向くと、そこには——街灯の下で微笑む白装束の女。
彼女の唇が、音もなくこう告げた気がした。
——「今度は、あなた」
その視線は、冷たさよりも甘やかさを帯びていた。
まるで長く待ちわびた恋人を迎えるように——。
瞬きをした瞬間には、もう何もいない。
けれど、胸の奥に残った感触だけは、消えなかった。
もし、窓の外に白い影が立っていたとしても——もう、驚かない。
彼女はきっと、私の名を呼び、あの夜の続きを始めるだけだから。
そして私は、その呼び声に、静かに微笑み返すだろう。
《あとがき》
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
『百合幽霊に愛された女』は、愛と恐怖、快楽と執着が交錯する物語として構想しました。
一人称視点で描くことで、主人公・梨花が味わう感覚や心の揺らぎを、できる限り近くで感じてもらえるよう意識しています。
恐怖と快感は、どちらも人の心を支配し、時に境界を溶かします。
もし、この物語を通して「その境目の揺らぎ」を少しでも感じていただけたなら、それは作者として何よりの喜びです。
カクヨム連載版はここで完結ですが、Kindle版ではさらに濃密な描写と未公開シーンを加えて、完全版としてお届けする予定です。
またどこかで、この世界の続きをお会いできることを願っています。
——凪野 ゆう
百合幽霊に愛された女 凪野 ゆう @You_Nagino
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