第3話
「久木さんってついてるよね。バス見つけてくれたし」
「雨の時点でついていないんだけどねぇ.......」
「そういえば傘も忘れてたもんね」
「それ言わないで……ぅぅ」と僕たちは呑気に話しながら、しとしとと降り止まない雨を見ていた。
バス停を見つけた途端、異論が
「小野小町が見ていた景色もこんな感じだったのかな……」
「オノノコマチ?」
「そう、小野小町」
なんで小野小町が出てくるんだ?不思議がる僕の表情を汲み取り、久木は僕の疑問を優しく
「桜にまつわる有名な
SNS
「まぁ...雨ばかりは神の気まぐれだからねぇ」
と会話を繋ぐために、雨を
「神様って意地悪なんだね.....。.....来年も見れるかなぁ」
「それは見れるでしょ?」
地を打つ雨の
「……あっ 、ごめんごめん。こっちの話、こっちの話。もしかしたらお父さんの仕事で、海外に行かないといけないかもしれなくてさ」
「 …………ごめん、気が
ワタワタと
どうして?
どうして?
どうして?
どうして、あんな適当なことを言ったんだ....
家族を諦め、夢を諦めきれなかった人の背中。一人でアメリカへ行ったあの人の顔。別れの言葉がごめんな、だった父の声。
記憶のフィルムの断片が、許可なく脳裏に映し出される。
顔を
家に母親が居て、父親が帰ってくる。地元の学校に通い、つまらなくありふれた日常がひたすら巡ってくる。
それは恵まれていること。
僕は知っている。
なのに、なのに.....。どうして.....。
黒い感情の
「ぜんぜん気にしないで。わたし、何も言ってなかったんだから」
ここは高校、今は人前、僕は普通。
そう言い聞かせる、ただただ言い聞かせた。
「……ホントごめん」
「なんでそんなに謝るの!本当に気にしないで良いのに 」
「そう?…じゃあそうする」
「うん、うん。気にしなーい、気にしなーい!」
毛ほども気にしていない彼女はあっけらかんと笑っていた。
今一度肺を大きく膨らませて深呼吸をすると、
「久木さんは中学は東京に通ってたんだよね?お父さんが転勤族とかなの?」
「うっ…、うーん……まぁ、そういう感じの延長線??みたいなものかな」
普通に戻ろうと世間話的に聞いた僕の読みはどうやら的外れであったようだ。空を
「やっぱ、大変なことある?」
「……色々と大変なことは勿論あるかな。でも、慣れちゃったらそれが日常だから」
「強いんだ、久木さんって」
「実は夜な夜な一人で枕を濡らしているかもしれないよ??」
「本当それ?」
「どうだろ?あっ 、これまでの話みんなにはこれで」
右人差し指を
「別に言う相手いないから」
「ありがと」と朗らかに笑う彼女に、僕は済ました顔で軽く首を横に振った。
「久木さんは日本に残れないの?」
「んーーー。お父さんが行くなら、家族みんなで行くことになるだろうから厳しいかな」
「そっか......」
「早ければ桜は今年で見納めかぁって考えると、やっぱ
やはり彼女の感情は心の奥深いところにまで根を下ろしていて。本音を吸い上げた久木の声音は、月の隠れた夜の海のように孤独な深い藍色をしていた。
「晴れてたら、みんな桜の下で写真とか撮ったんだよね」
高校を出る時も、昇降口に戻る時も、何名もの生徒を僕らは目にした。
そして誰一人、足を止めることも、カメラを向けることもしていなかった。
桜ですら、雨が降れば見向きもされない。
「.......神様なんてやっぱ居ないんだよ」
「君たちまだ残ってたんか」
どこか
「先生」
突然の登場に、僕は思わず見たものをそのまま口にしていた。
「次のバスが来るまで、ここで雨宿りしているんです」と久木が僕らの現状を簡潔に説明してくれた。
「そういうこと」
「先生こそ、どうしてここに来たんです?と僕が問う。
「……遅くまで残っている生徒がいないか見回らないといけなくてさ」
「それは....すいません」
気まずそうに話してくれた先生に、つい自分も気まずそうに謝ってしまう。
「まぁ、そう遅くならないうちに帰ってくれればいいよ」と言って真金先生は再び校舎に戻ろうと
その背中を見て、気づけば先生を呼び止めていた。
「あっ、先生」
「ん、なんだ?」
「写真撮ってよ」
「おう、いいぞ」
「えっ…なんで??」と案の定、久木は戸惑っていた。
「いやだった?」
「嫌とか全然そういうのじゃないんだけど。でも、なんで?」
「単なる思い出作り」
「どおすんだ?」と真金先生は僕らの意志を問う。
「おっ...お願いします!」
「あいよ。っで、どこで撮ればいいんだ?」
爽太は久木に
「じゃぁ.......せっかくなので......桜が映る場所がいいです」
「......ちょっくら、外まで行くか」
覚悟を固めた真金先生の視線に吊られ、雨の中、人数は3人、傘は二つ。校門前の桜並木へと向かった。
未依のスマホを真金先生に渡し、爽太と未依は並木道の真ん中に立つ。HRの終わりから時間も既に経っており、他の生徒は見えなかった。
「撮るからな〜」
片手の
レンズが下に向けられて撮影が終わると、ひとまず3人は昇降口に戻った。未依の手元に返されたスマホを覗き見るように、爽太は撮影された4枚の写真を確認した。
お世辞にも、どの写真も上手くは撮れていなかった。雨のせいで写真は暗く、桜を映した広めの画角では2人の表情がわかりづらかった。
「……爽太君」
「ん?」
「青春だね!」
「でしょ?」
太陽を掴み取ったほどの輝きを放つ久木の表情一つで、僕の
「先生!写真ありがとうございました」
未依が真金先生に深々とお辞儀したので、
「ありがとうございました」と続けて僕も軽く
「ういうい。てか君たちって昔からの知り合いだったりするの?」
「いえ、違いますけど。」と僕はきっぱり答えた。
「ってことは今日初めて会ったんだよな?」
「
「........若いねぇ君たち」
全く持って
「単に久木さんが傘を忘れたから、色々こうなってるんですよ」
「えっ...あ........ちょっと!」
なんで、言っちゃうの!と
「なんだよ。言ってくれれば職員室で貸したのに。あっ、ちょうどいいや。これ職員室の備品だから、明日返してくれよ」と言った真金先生は、今の今まで使用していた傘を未依に押し付けるように渡した。プラスチック製の白い取っ手には職員室用とシールが貼ってある。
「......ありがとうございます」
「さっさと帰るんだぞ」
「はぁーい」
僕が気の抜けた返事をすると、校舎へと戻る真金先生は振り向くこともなく、ぶらぶらと左手を振って反応しれくれた。
「そろそろ時間だよ!!」と
彼女に
「行こっ!爽太君」
借りたてのビニール傘を勢いよく開き、彼女は雨と花びらが舞い降る桜並木へと
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