第13話 任せてほしい
しばらくギルド内で待っていると、受付の青年が駆け足に戻ってきた。その表情が少々曇っている。
「とりあえず、魔獣とその出現範囲を特定しないことには正確な判断ができません」
「だろうね」
うんうん頷きながら話を聞く私に、クラークが「余計なことはやめましょうよ」と囁いてくる。余計なことってなんだ。冒険者にとって、状況把握は一番大事なことである。決して余計なことではない。
クラークの小言を適当に聞き流して、私は前のめりになる。調査をするのであれば是非とも自分に任せてほしいと目を輝かせていれば、黒狼の情報を持ち込んできた冒険者の男が「少数で動くのは危険なんじゃないか?」と口を挟んでくる。
「でもあまり大人数だと、魔獣が警戒して姿を見せてくれないんじゃないかな」
「それはそうかもしれないが」
私の格好を上から下までまじまじ眺める男は、渋い表情だ。どうやら本当に私に任せてもいいのかと思案しているらしい。筋骨隆々の冒険者たちの中において、細身の私はどうしても頼りなく見えてしまうらしい。私は筋力で戦うタイプではなく、魔法に頼りっぱなしだからね。見た目は相当頼りないだろうという自覚はある。
「ギルマスはなんだって?」
まずは責任者の意向を確認しようと受付の青年に問えば、「間もなくこちらに来ると思います」との返答。
そんなときである。
「なにかあったのか?」
背後から聞こえてきた静かな声に、私はハッと息を呑む。ここ最近ですっかり聴き慣れてしまった落ち着き払った声音は、もう間違いない。
ピシリと固まる私は、顔を前に向けたまま振り返らない。そんな挙動を不審に思ったのか。受付の青年が不思議そうに目を瞬いている。
「どうかしました?」
ついにはそんな問いかけを投げられて、苦笑で誤魔化しておく。さすがに顔を合わせないのは、不自然すぎた。こほんと咳払いで誤魔化して、ゆっくりと背後を振り返った。
「……久しぶり」
にこりと笑みを浮かべて応じると、ブライアンがちょっぴり眉間に皺を寄せて「また君か」と短く呻いた。
またってなんだ。いつもそちらから声をかけてくるんでしょうが。
相変わらず小綺麗な格好をした冒険者ブライアンは、きらきら輝く金髪をかき上げて周囲を見渡す。だが、その正体はこの国の第一王子である。そして、私セレスティアの婚約者でもある。
本名をルーファスという王太子殿下は、今年二十歳の青年である。表舞台に決して姿を現さない幻の王子様。そんな幻が実在すると知ったのは、つい先日のことである。
なぜか隠れて冒険者活動をやっているらしいルーファス殿下は、ブライアンという偽名を名乗っている。すらりとした体躯の殿下が隣に立つと、なんだか妙な圧を感じる。思わず一歩後ろに下がる私であったが、その代わりに殿下の背後から見知らぬ男が前に出てきた。
「知り合い?」
ルーファス殿下と私を見比べたその男は、奔放に跳ねた茶髪が特徴的な青年である。殿下と同じくらいの身長で、引き締まった肉体。おそらく二十歳くらいだろう。さっと目視した限りでも剣ダコが確認できた。軽薄な雰囲気に反して、相当腕の立ちそうな男である。おそらく殿下の護衛を務める騎士なのではないだろうか。
ちらりとクラークに目をやるが、静かに様子を見守ることに徹している彼はろくな反応をしてくれない。
「……よく会うんだ」
私たちのことを簡単に紹介してみせた殿下は、どこか胡乱な目をしている。もしや私が婚約者のセレスティアだと気がついたわけではないだろうな。
ヒヤリとするが、動揺を表に出すわけにはいかない。
「初めまして。俺はロビン。よろしくね」
にこりと握手を求めてきたロビンに、私も笑顔で応じておく。手を握った瞬間、ロビンがなにやら不思議そうに目を瞬いた気がする。まずいと思い、反射的にサッと手を引っ込めた。以前クラークにも言われたのだが、私の手はとても冒険者には見えないらしい。そりゃそうだ。私はこれでも公爵家の令嬢だからな。剣ダコなんてあるわけがない。そんなものができた日には、お母様が卒倒してしまう。
無駄ににこにこ笑って、口元が引き攣りそうだ。
冒険者ブライアンとして活動している最中の殿下は、ギルド内の落ち着かない空気を何事かと訝しんでいる。私からしたら、殿下が冒険者ギルドにいるこの状況こそが何事かと叫びたくなるんだけど。静かな、けれどもどこか張り詰めた空気がギルド内を支配する。
そこへ姿をみせたギルマスが、殿下を視認するなり「ほお?」と唇の端を持ち上げた。
「ブライアンじゃないか。調子はどうだ?」
「いつも通りだ」
淡々と返す殿下は、ギルマスとも顔見知りなのだろう。隠れて冒険者をやっているわりに、あちこちで目立っているのだろうか。
四十代くらいのギルマスは、顎髭を触りながら状況を確認する。
「おそらく黒狼だと思うよ」
横から口を挟むと、ギルマスの顔がこちらを向く。ひょいと器用に片眉を持ち上げたギルマスは、かつて冒険者として名を馳せた男である。
「あぁ、あんたは銀狼を討伐したっていう」
「セレスだ。よろしく。こっちはクラーク」
まぁ、銀狼を直接討伐したのはクラークなんだけど。私も協力したから問題はない。ギルマスの言葉に乗っかって挨拶しておく。
「ところで、調査依頼を出すんだろう? だったら僕にいかせてもらえないかな」
うかうかしていると、他の人に依頼を取られてしまう。すかさず交渉すれば、ギルマスが「へぇ?」と興味深そうに口角を上げた。少し考える様子を見せるギルマスであったが、やがて「銀狼を相手にできるくらいなら大丈夫か」と呟くと「いいだろう」と声を大きくした。
やっと掴んだチャンスである。これでようやく兎狩りから解放される。
嬉しさから拳を握る私に、殿下が胡乱な目を向けてくる。一体なにを喜んでいるんだと言いたげな顔である。私にとっては初めての冒険者らしい依頼なのだ。喜んだっていいじゃないか。
「……俺もいく」
「えっ」
やや浮かれていた私が我に返ったのは、殿下のそんなひと言が原因であった。
「え、なぜ?」
思わず問いかける私に、殿下は眉間に皺を寄せた。
「理由が必要なのか?」
「それは、だって。僕らだけで十分だから」
ね? とクラークに目線を送るが、さっと逸らされてしまう。
たじろぐ私に、殿下は腕を組んで「俺が足を引っ張るとでも?」と強気に食い下がってくる。別に殿下が足手まといになるとは思っていない。あの魔力量である。むしろ私よりも魔法の扱いが上手いだろう。
「そういうわけでは」
「じゃあ決まりだ」
一方的に宣言する殿下は、勝手にギルマスと話を進めてしまう。その背後でこっそり顔を見合わせる私とクラークに、ロビンと名乗った男が苦笑しながら近寄ってきた。
「突然ごめんね。あの人、言い出したら聞かないから」
「はぁ」
おそらく騎士だろうに殿下を相手に気安い態度だ。これはルーファス殿下、相当長くブライアンとして活動していたんだな。冒険者仲間を装うのが板についている。
「……本当に行くんですか?」
こそっとクラークに耳打ちされて、肩をすくめる。ここまで来たら行くしかないだろうに。しきりに殿下の方を気にするクラークは、正体がバレてしまうことを危惧している。私もそこは心配だけど、でもそれ以上に兎狩りではないことをしたかった。これは滅多にないチャンスである。目的地は森の奥とはいえ、十分日帰りできる距離である。
こうして私は、冒険者ブライアンと共に調査依頼に出ることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます