第12話 調査依頼
今日も今日とて、私の冒険者生活は続く。相変わらず長時間活動できなかったり、家族にバレないようにこそこそしたりと制約はあるが、ある程度は自由に行動できている。
ルーファス殿下との顔合わせから、はやくも十日ほどが経過していた。どうやら殿下の側も今回の婚約には随分と乗り気であることがわかり、公爵家には安堵の空気が広まっている。年頃の女性が唐突に婚約破棄されたあの一件は、やはり周囲の人間に多大なる心配をかけていたらしい。どこか私を腫れ物みたいに扱う空気は、ルーファス殿下との婚約話が持ち上がってからというもの、あっという間に霧散した。
今度は一転してお祝いムードになりつつある。
はたから見れば、侯爵家のリチャードから第一王子のルーファス殿下に変わった私の婚約は大成功といった印象になるのだろう。
実際、王族と関係を持てる今回の婚約話は公爵家にとって降ってわいた幸運であった。この勢いで、どうか私とリチャードの婚約破棄事件のことは忘れてほしい。「うっすら体調が悪いんだ」と言った際のリチャードの悲痛な面持ちが今でも忘れられないのだ。
「今日こそは兎以外の獲物を討伐するよ!」
「いいですよ、今日も兎で。俺、兎が大好きなので」
「クラーク。適当なこと言わないで」
やる気のないクラークは、「薬草採取がしたいです。俺、薬草が大好きなので」と立て続けに適当なことを言い放つ。なんとしてでも私に危険なことをさせたくはないという強い意志が透けて見える。
「私が銀狼を華麗に討伐してみせたのをもう忘れたの? あれくらいなら私でも対処可能だよ」
「トドメをさしたのは俺じゃなかったですっけ? お嬢様は銀狼を足止めしただけじゃないですか」
「私の足止めがあってこそ、君はスムーズに銀狼を倒せたんだろ?」
「いいえ。お嬢様の足止めがなくとも、俺ひとりで十分に対応可能でした」
少しも譲らないクラークに、私は肩をすくめる。
「あとからだったら、なんとでも言えるよね」
「それはお互い様では?」
平行線を辿る議論は、結局睨み合いへと発展する。冒険者ギルドの隅で言い合いをしている私たちの横を、数人の冒険者が笑いながら通り過ぎていく。
「……まぁ、ここで争っても仕方がないね」
途端に人目が気になり始めた私は、咳払いで言い合いを強制的に終了させる。クラークもあっさり引き下がり、ふたり揃っていつものように掲示板の確認に向かった。
「今日もめぼしい依頼はないね」
「時間帯が悪いんですよ」
もっともな指摘をするクラークに、「それはわかっている」と眉を寄せる。私だって、本当は早朝からギルドに並んで依頼の取り合いとかやってみたい。けれども家族にも内緒で冒険者活動をしている私が、そんな早朝から自由に行動できるわけがない。
「なんとか理由をつけて、朝から活動できないかな」
「無理ですよ。そもそも息抜き程度に抑えると言ったのはお嬢様では?」
「それは、そうなんだけど」
冒険者活動を始めたいと言った私に、クラークは非常に険しい顔で反対の姿勢をみせた。そんな彼を説得するために「息抜き程度だから」と言ったのは私である。
あのときは、ただただ冒険者を名乗れたら満足だった。しかし当初の願いが叶ってしまうと、さらに次を望んでしまうのが私という人間である。正式に冒険者を名乗れるようになったのだから、次は本格的に冒険者としての活動を行いたい。より強い獲物を相手にしたいと思うのは、自然な流れであった。
薬草採取がしたいとうるさいクラークを無視して、掲示板を隅から隅まで確認していく。何度見ても、目新しい依頼はない。
思わずため息を吐いたそのとき。
「おいっ! 大変だ!」
勢いよくギルドに駆け込んできた男が、大声を出す。ただ事ではない雰囲気に、ピークを過ぎてまったりとした空気の流れていたギルドに一瞬で緊張が走った。
ガバリと男を振り返る私たち。クラークが私を守るように前に出た。
ギルドの受付にいた青年が「なにがあったんですか?」と立ち上がる。
「わ、わからない! なんかでかい魔獣が……!」
たどたどしい説明だが、とにかく緊急事態が生じていることだけは伝わってきた。駆け込んできた男は、大振りの剣を携えていた。格好から冒険者だとわかるが、ところどころ切ったような傷があり満身創痍といった様子。クラークと顔を見合わせて、私は一歩前に出た。すぐさまクラークが制止するかのように手を伸ばしてくるが、振り切って受付の青年の元へ向かった。
「でかい魔獣が出たの?」
ボロボロの冒険者に尋ねると、彼は「あぁ……! 見たことのない魔獣だ」と大きく頷いた。
「銀狼かとも思ったんだが。それよりも大きい。おまけに毛が黒なんだ。あんな真っ黒な魔獣がいるのか」
「銀狼みたいな魔獣か」
顎に手をやって、考える。ウルフ系の魔獣はそれなりに種類がいる。総じて知能が高いのが特徴だ。だいたいは毛の色で区別するのだが、兎などとは違って人前には滅多に現れないので、ウルフ自体を見たことがないという人もそれなりにいる。冒険者をやっていると対峙する機会もあるけど。
駆け込んできた冒険者によれば、見たことがないタイプのウルフだという。比較的よく見かけるのは、茶色っぽいウルフである。これは森を少し奥へ進めば割と見かけることがある。先日私たちが出会った銀狼なんかはウルフの中でも特に珍しい個体となる。
「黒っぽいということは、黒狼でしょうか」
「おそらく」
クラークの囁きに、小さく頷きを返しておく。
銀狼よりもさらに珍しいのが、黒い毛を持つ黒狼だ。闇の眷属とか言われる稀有な存在。冒険者の中にも、黒狼の存在自体知らない者は割といる。それくらい珍しい存在である。
「それで。その魔獣はどこに?」
受付の青年に問われて、冒険者の男が外を見遣る。
「森の奥だ。手に負えないと判断して逃げてきた」
男の発言に、受付の青年が「それで大丈夫です」と優しく頷く。冒険者の中には、敵前逃亡は恥と考える者もいるらしいが、命あってこその冒険者である。自分の手には負えないと素早く判断して逃げるのは、実にいい判断である。
周囲には他に人がいなかったそうで、おそらく黒狼らしき魔獣による被害はない。ここから本格的に冒険者ギルドが調査なり討伐なりをすることになるだろう。
男から聞き取りを始める受付の青年をぼんやり眺めていた私は、ハッとする。
「あの」
「はい?」
控えめに青年へと声をかけると、虚をつかれたような顔が返ってきた。
「もしよければ、僕たちが調査に行ってこようか?」
「えっ」
私の提案に、間抜けな声を上げたのはクラークである。それを無視して、私は自身の胸を叩いてみせた。
「これでも銀狼を討伐した実績があるんだ。調査くらいならなんとかなると思うよ」
私の言葉に、受付の青年が目を丸くする。すかさずギルドカードを渡して実績が嘘ではないと証明する。ギルドカードには、魔法でその人の実績などが記録されている。銀狼ほどの高ランクの魔獣を倒したならば、当然それが記録として残るのだ。大抵の冒険者は倒した魔獣をギルドに持ち込んで依頼を完了させたり売ったりする。その際にギルドカードの提示を求められるのだ。
私のカードを持って受付の中に走る青年は、魔道具である水晶によってカードの情報を確認する。
「あ、本当ですね。銀狼を」
感心したように呟く青年とは対照的に、クラークは苦い顔だ。危険なことに首を突っ込むなという小言が今にも聞こえてきそうだ。
「とりあえず、現場の確認だけでも早いうちに済ませないと。場合によっては立ち入りを禁止する必要もあるだろう?」
現れた魔獣が黒狼などの危険なものであった場合、その区間への立ち入りを素早く規制しなければ不必要な被害が生じてしまう。
今回は様子見だけで、積極的には討伐しない。相手が何かを見極めるのも、冒険者や街にとって大事なことである。その役目を担わせてくれと交渉すると、受付の青年が「ギルマスに聞いてみないと」と困った顔をする。
そりゃそうか。
危険な魔獣かもしれないのに、受付の青年の一存で依頼を出すことはできない。冒険者ギルドの責任者であるギルドマスターへの確認は必須だろう。
「少々お待ちください」
そう言い残して、ギルドの奥へと駆けていく青年。おそらくギルマスの元へ確認に行ったのだろう。その背中を見送る私の横で、クラークが深々と息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます