第14話 冒険者ブライアン

 初めての冒険者らしい活動である。浮き足立つ気持ちを抑えて、私は足早に目的地へと向かう。


 調査には、私とクラーク。それにブライアンとロビンが同行する。本当は私が先頭を歩きたかったのだが、クラークに睨まれて渋々後ろをついていくことになった。殿下にあまり顔を見られるのはまずいというのがクラークの主張である。まったくその通りなので、今回は彼の言葉に従っておこう。


 普段兎狩りをしているポイントを通り過ぎて、順調に奥まで足を進める。時折、先頭を行くロビンが振り返ってはブライアンとこそこそ言葉を交わしている。


「魔法は得意なのか?」


 そんな中、不意にブライアンが私を肩越しに見た。ぱちぱちと目を瞬く私は「それなりに」と笑って応じておく。誰かと魔法の腕を比べたことはあまりないが、得意だという自覚はある。原因は私の魔力吸収体質だろう。周りの人間からほとんど無意識に魔力を吸い取っているため、私自身は魔力切れと呼ばれる状態になったことはない。人の多いところに行けば、それだけ魔力をたくさん吸収できる。


 けれども、ブライアンを相手に私の特殊体質を説明するわけにはいかない。婚約話が上がった際に、ルーファス殿下側は婚約相手であるセレスティアの情報を調べ尽くしたに違いない。そこには当然、私の魔力吸収体質に関する情報も含まれている。


 男装して冒険者をやっている今の私と、婚約者のセレスティアを結びつけられては大変だ。あまり迂闊なことは口にできない。とりあえず笑顔で誤魔化そうと無駄に微笑んでいると、ブライアンが己の顎に手をやって考えるような仕草をした。


「……君、姉がいたりする? それか妹」


 まさかの質問に、咳き込んだ私は悪くない。なんだその質問は。クラークも顔を引き攣らせている。


「いや、兄はいるけどね」


 どうかわすべきか考えるものの、結局は馬鹿正直に答えてしまった。「兄……」と呟くブライアンは、なにかが引っかかっているらしい。え、まさか私とセレスティアの関係性を疑っているのだろうか。


 男装しているとはいえ、私はセレスティアである。やはり婚約者の目を誤魔化すのは無理があったのだろうか。冷や汗を流す私であるが、ここで動揺を表に出しては自白しているに等しい。さりげなく話題を変えようと、ブライアンに明るく声をかける。


「ところで、いつもは二人で活動してるの?」


 前回までブライアンは一人で活動していた。それが本日は騎士らしき男を伴っている。軽く頷いたブライアンは、「いつもというわけではないけど。ロビンとはよく一緒に行動する」と簡潔に教えてくれた。


 にこにこと笑みを崩さないロビンは、軽薄に見えてまったく隙がない。


「さて。目的地はここらへんですかね」


 森の奥、少しだけひらけた場所にて足を止めたロビンが腰の剣に手を添えながら言い放った。人気のない森には、澄んだ空気が支配している。風に揺られてざわざわ揺れる木々。


「今回は調査だけなので、討伐は無理に行わなくていいです」


 ブライアンに向けて告げるロビンは、次に私たちを振り返った。


「君たちも。無理は禁物だよ」

「わかっている」


 もとより無理をするつもりはない。隠れて冒険者をやっている以上、怪我なんてした日には大騒ぎになってしまう。


 そうして黒狼と思われる魔獣の捜索にあたったが、早々すぐに成果はない。あの冒険者の男が目撃してから、それなりに時間も経過している。既に別の場所へ移ったとも考えられる。


 なにか痕跡がないかと注意深く見てまわるが、そう都合よく物事は進まない。それらしき魔獣の姿が見えないままに、時間だけが過ぎていく。


 ブライアンとロビンから少し離れた位置を陣取った私は、クラークを相手に首を捻っていた。


「もう逃げたのかもね」

「あの男と少々やりあったみたいですし。既にここを離れていても不思議ではありませんね」


 目撃情報を持ってきた男は、満身創痍であった。黒狼相手に苦戦したと言っていたので、それが本当ならば黒狼は警戒心を強めているに違いない。もともと滅多に人前に姿を現さないことで有名である。思いがけず人と遭遇して、どこか遠くへ逃げた可能性も高い。


「うーん。収穫なしかぁ」


 せっかく森の奥まで来たのに、特に成果はないときた。苦い気分になる私であるが、対照的にクラークはどこか安堵している。どうせ私を危険に巻き込まずにすんでよかったとでも思っているのだろう。それはそうなのだが、あまり冒険者っぽくはない。消化不良を抱えたまま木々を見上げていると、視界の端をちらっと何かが掠めた気がする。


「んー?」


 左手で日差しを遮りながら上を観察すると、なにやら大きな翼を広げた鳥が優雅に頭上を旋回する様子が確認できた。いや、鳥にしては少し大きいな。


 ぼんやり考え込んでいた私は、鳥がこちらを睨め付けたことで我に返る。


「あれ! 魔鳥じゃない!?」


 普通の鳥の大きさではない。成人男性くらいはありそうな大きな体で、立派な羽をはばたかせている。青空をバックに迫力のある飛行を続けるその姿は、書物などに登場する魔鳥にそっくりであった。


 私の大声に、場に緊張が走った。


「君たちは下がって!」


 剣を構えたロビンに言われるが、私だって冒険者の端くれである。黙って守られるつもりはない。


 魔鳥もまた珍しい生き物である。空を縄張りとする彼らは、人気のない森などを好んで巣を作る。いずれも高い木の枝に立派な巣を作るのだが、あの巨大な体を支えるだけの強度が必要となる。そのため森の奥深くにある大木が彼らの縄張りとなっている。


 美しく羽を広げた魔鳥は、その鋭い眼光で私たちを上から見据えている。空を自由に飛びまわるその姿は、まさに空の支配者のようだった。


 一度高く上昇した魔鳥が、勢いをつけて降りてくる。まっすぐにこちらへ近づいてくる白と茶色が混ざった優雅な鳥。


「……もしかして、僕たちを狙っている?」

「もしかしなくても狙われてますよ!」


 ぼんやり呟いた私の肩をクラークが強く掴んだ。そのまま背後に押しやられて、クラークの背中に守られる形となってしまう。


 空を飛ぶ獲物を相手にするのは初めてである。嬉々として魔力を込め始める私は、クラークの背中から前に飛び出した。


「ちょっと!」


 責めるような声が飛んでくるが、それどころではない。普段通りに氷魔法をぶつけようと口角を持ち上げたのだが、その前にぞくりと背中が粟だった。


 背後から、とんでもない魔力が膨れ上がるのを感じる。せっかく練り上げた私の魔力も霧散してしまい動きが止まる。ぎこちない動作で首を後ろに回すと、すっと目を細めたブライアンがいた。クラークも気圧されたのだろう。剣を手にしたまま固まっている。


 危機を察知したのは、私たちだけではない。


 空を飛行していた魔鳥も、こちらに突撃してくる勢いを緩めた気がする。その一瞬の迷いを見逃さないブライアンは、魔鳥に向かって手をかざした。途端に、炎が上がった。


 上空にいる魔鳥を、めらめら燃える炎が包み込む。断末魔をあげて落ちてくる鳥は、羽を滅茶苦茶に動かしており、その度に火の粉があちこちに舞った。これでは森が燃えてしまう。咄嗟に判断した私は、上空に向けてありったけの魔力を放った。淡い光を纏った水魔力が、上空で弾けた。周囲に水が降り注ぎ、炎を消していく。


 墜落した魔鳥は、既に息絶えていた。


 体に降り注ぐ水を見上げて、ブライアンが目を丸くする。ロビンが「うわっ、すご!」となにやら興奮気味に呟いている。


 ぱちぱちと残り火の爆ぜる音が響く中、私はブライアンの視線から逃れるように顔を背けた。

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