第11話 決意

 なんとか無事に顔合わせを終えた私は、帰りの馬車の中ですっと笑顔を消した。突然真顔に戻った私を見て、アビーが「お、お嬢様……?」と訝しむ。


 ルーファス殿下との顔合わせの際、侍女のアビーは別室で待機していた。そのため室内でどんな会話がなされたのか知らない彼女は、私の態度に顔色を悪くする。彼女の中に、最悪の事態が思い浮かんだのであろうことを想像して、私は慌てて「いい感じだったわよ」と言い添える。


「ルーファス殿下。一体どんな殿方なのかと思っていたけれど。案外普通に優しい人ね」


 外面のよさは彼の弟である第二王子に似ているのかもしれない。


 普通という言葉に、アビーが胸を撫で下ろす。

 長年にわたって表舞台に顔を出さなかった第一王子である。何か公にできないような特殊な事情があるのではないかと気を揉んでいたらしい。それは私も同様だ。なにか体調が良くないとか、生まれつき顔に酷いアザがあるだとか。人前に姿を現さないそれらしい理由を色々と想像していたのだ。それがすべて裏切られたことになり、正直安堵している。


 では、第一王子が頑なに姿を現さなかった理由はなんなのか。


 思い当たるとすれば、森で出会ったときに感じたあの膨大な魔力。


 いつの間にか動き出していた馬車の中に、私のため息が落ちる。アビーが心配そうな目をするのを見て、急いで表情を取り繕った。


「大丈夫よ、アビー。ルーファス殿下、いい人そうだったから。案外上手くやれると思う」


 これは別に嘘ではない。

 殿下が裏で冒険者をやっている件はあるが、それを除くと非常によろしい婚約だと思う。


 あとは、私の冒険者業が露呈しないように細心の注意を払うだけ。




※※※




「お嬢様の勘違いではなく?」


 クラークの胡乱な問いかけに、私はしっかりと頷いた。


 帰宅後、顔合わせの大成功を労ってくれた兄と共に両親の元を訪れた。両手を合わせて「まあまあ」と喜んでくれたお母様は、「これでセレスティアも安泰ね」と非常に晴れやかな顔をしていた。お父様も同様に破顔して「それはよかった」と何度も繰り返す。


 こうして初顔合わせの成功を家族でひと通り喜んだ私は、自室にてこっそりクラークを呼び出していた。


 彼には相談したいことが山ほどある。


 外出用の華美なドレスから比較的飾りの少ない服に着替えた私は、自室のソファで深いため息を吐いていた。ドッと疲れを自覚して、肩を回す。馬車での移動も疲れたのだが、今日はなによりも心労が酷い。まさかあそこまで緊張するとは自分でも想像していなかった。


 人払いをした自室にて、クラークを相手に本日の顛末を語って聞かせた私に、堅物なクラークは真面目な顔で「見間違いでは?」と告げてくる。


 そう言いたくなる気持ちはわからなくもない。

 私だって、第一王子が裏でこっそり冒険者をやっているなんて信じられない。だが、自分も同じようなことをやっている手前、あまり強く否定はできないのだが。


「いいえ。あれは絶対にブライアンだった」


 さすがに本名での冒険者業は躊躇われたのだろう。ブライアンというのは偽名に違いない。


「顔も同じだし、声も同じ。おまけに魔力の質も同じときたら同一人物以外あり得ない」

「はぁ、なるほど」


 本日第一王子との顔合わせに参加できなかったクラークは、私の言葉をどこまで信じているのだろうか。どこか疑うような気配がある。


「それで? お嬢様が男装して冒険者やっているのがバレましたか」

「そこは多分まだバレてないと思うけど」


 どうだろうか。正直、あまり自信がない。

 というか。面と向かって「会ったことある?」とまで訊かれた。これはちょっと危ないかもしれない。


「でも、向こうも同じようなことやっているわけで。いざとなったら、お互い様ですよね? で切り抜けられないかな」

「……どうなんでしょうね」


 いまいち渋い反応をするクラークは、腕を組んで険しい表情になる。


「これを機に、冒険者なんてきっぱりやめたらどうですか?」

「うーん」


 やはりそういう話になるか。

 だが、せっかく見つけた自立への道である。そう簡単に手放すわけにはいかない。


 もちろん家のためにルーファス殿下との婚約は受け入れるつもりではある。だが、互いにここまで結婚できなかった身である。最低限、それらしい振る舞いをすれば十分だろう。見た限りだと、ルーファス殿下も外からの圧力で婚約を急いでいるような雰囲気であった。第一王子がいつまでも独り身というのは、やはり外聞が悪いのだろう。


 つまり、私たちの婚約は周囲を納得させるための形ばかりのものになると予想できる。


「婚約するからには、それなりに仲良くするつもりではあるけど。でもほら? 私ってずっと一緒にいると周囲の人間を体調不良にさせるらしいから」


 リチャードの疲れた顔を思い出して、やれやれと肩をすくめる。第一王子の魔力を吸い取って、大事な王子様が体調不良で寝込むなんてことになったら笑えない。この国のためにも、私とルーファス殿下は最小限の接触だけに留めておくのが無難だろう。


 私の自嘲に、クラークが眉を寄せる。

 クラークは私の護衛として側に仕えているが、彼が体調を崩したという話は聞かない。やはりその人が持つ魔力量に左右されるのだろうか。


 そう考えると、膨大な魔力を持つらしいルーファス殿下は、私の隣にいても平気かもしれない。いや、でも一国の王子様をそんな曖昧な考えで危険に晒すわけにもいかないかも。


「どちらにせよ、私は冒険者を続ける。ここでやめる理由はないからね」

「しかし」

「またいつ婚約破棄されるかわからないから。そのとき、ちゃんと自立できる道を残しておきたいの」


 流石に三度目の婚約者探しはしたくない。

 仮にルーファス殿下との婚約が成立しなければ、私はきっぱり結婚を諦めるつもりである。女性にも結婚以外で幸せを掴み取る道はあるはずだ。幸いうちには兄がいるので、公爵家のことは兄に任せておけば安心である。私は魔法を扱うのが得意なので、それを活かした道に進むのは何も間違った選択肢ではないはずだ。


 私の考えに、クラークは少々苦い顔で「なるほど」と呟く。心の底からは賛同できないという彼の思いが透けて見える。まぁ、護衛である彼からすれば、危ないことは今すぐにやめてほしいというのが本音なのだろう。クラークに迷惑をかけている自覚はあるが、ここは譲れない。せっかく己の手で道を切り開く術を発見したのだから。


 これまで狭い人間関係の中でしか生きてこなかった私である。少しでも努力して、ひとりでも生きていける術を身につけたい。


 それに冒険者は自由の象徴のような気がして、すごく楽しいのだ。森に入った瞬間のあの高揚感は、何ものにも代え難い。


「殿下にはバレないように、これまで以上に気をつけなくちゃね。クラークも気をつけてよ」

「だから。俺を巻き込まないでくださいよ」


 うんざりした声を出すクラークであるが、その顔には仕方がないといった笑みが浮かんでいる。なんだかんだで面倒見のいい男である。


 今まで以上に、周囲の目に気をつけなければならない。うちの家族はしばらく浮かれているので、そこまで警戒の必要はないと思うけど。


 問題はルーファス殿下だ。

 あちらの意図が不明のため、迂闊なことはできない。森で私に接触してきたのは、本当にただの偶然なのだろうか。あのときブライアンと名乗った殿下は、私の側にいると落ち着くと言っていた。まさか私の魔力吸収体質に気がついたのだろうか。あれこれ考えれば、キリがない。


「もう突き進むしかないわね」

「そうですか? 一旦考え直すのも手だと思いますけど」


 いまいちやる気のないクラークを無視して、私は決意を新たにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る