夏祭りの夢
吾方玖才
夏祭りの夢
夢を見るのだ。
おそらく、夏祭りの夢だ。
そこは、どこか私の知らない場所。
行ったことのない小道。
青竹と椿の木だろうか、青々と茂っていて自然の豊かさが印象付けられる。
私はその小道を進んでいる。
目的地はわからない。
ただ進まなければならないような気がして、進んでいる。
ふと気が付くと、小道の両脇に露店が出ている。
綿あめ、たこ焼き、ヨーヨー釣り……
多種多様な露店が並ぶそこに、共通するのは店主がいないことだ。
どの露店も店頭は営業中の様相を呈しているが、いかんせん店主が不在である。
天候は薄曇り。
けれど、まだ昼間であろうことが窺える。
小道を行き交う人はいるものの、その数は祭りのさなかとしてはまばらだ。
私は不審に思いながらも、その小道を奥へ奥へと進む。
「ああ、そこの方。どこから来なすった?」
奥へと進むうちに一人の老人に声を掛けられた。
浴衣のようなものを着た老人は、左手に団扇を持ち、こちらを見つめてる。
その瞳にどこか空虚さを感じるのは、気のせいだろうか。
すれ違う人々の無関心に対して、こちらに関心を向けた老人に少しの安心感を得る。
「答えなくてもええ。けんど、こっから先には行かんほうがええ」
「……どうしてですか?」
忠告をしてくれた老人に対し、私は無遠慮に尋ねる。
この無遠慮さはこれが夢だとわかっているからなのか、否、私の生粋の性質なのだろうか。
「……が……から」
老人の声はかすれて聞き取れない。
遠くから、かすかにごうごうという音が聞こえる。
「……えっ、何て?」
聞き返した途端、私が進もうとしていた方向から鉄砲水が襲ってきた。
その鉄砲水は、小道の奥から流れてきたというのに透き通った清水だった。
すべてを押し流すような勢いを持ちながら、しかし、露店も私たちも無傷だった。
露店ののれんも綿あめの袋も流されることなく、ただ透明な水だけが流れていく。
自然の摂理に反するあまりにも不自然な様子に、ああ夢だからかと遠く思う。
老人を見やると、少し悲しそうな顔をしていた。
「夜になりゃあ、人がけえってくる。それまでに……」
その言葉を残して、老人は消えた。
はっとして目が覚める。
ああ、やっぱり夢だったかという感情とともに、夢でよかったとも思う。
ベッドサイドの目覚まし時計に目をやると、時刻は朝4時。
起床するにはまだ早い。
そこでふと思い返して気付く。
ああ、あの老人の浴衣の合わせ、左前だったな。
夏祭りの夢 吾方玖才 @agatakyusai
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