星、落つる。

白川津 中々

◾️

 ホテルサウンズを訪れるのは五年ぶりだった。


 四つ星として名高く、行き届いたサービスが気に入り贔屓にしていたのだが転勤などにより疎遠。諸々と片付きようやくまとまった休みが取れたため、久しぶりに予約したのである。仕事続きで心身共に限界に近く、この小旅行で少しでも慰安となればというつもりで入口を潜ったわけだ。足を踏み入れると懐かしい見応え。大理が敷かれた床に石膏の柱が美しいエントランスが出迎えてくれる。実直さと誠実さが形になったような佇まいを前にして、思わず頭を垂れてしまった。あぁ、帰ってきたんだ。そんな気持ちにさせてくれる造形の妙。相変わらずもてなしの精神が根付いているなと感慨深くなっていた矢先、受付の異変に気がつく。延板だ。フロントの代わりに、機械の延板が設置されているのだ。どうやらチェックインチェックアウトを行うシステムらしい。テクノロジー、合理化の波である。理解はできるが何が物足りない。いやしかし、それだけだろう。人件費や従業員の労働を柔軟にさせるための施策を打っただけだ。出鼻を挫かれたが、サウンズの要は客室にある。チェックイン作業を終え、指定された番号は533号室。一度宿泊した経験のある部屋だった。そうとも、よく覚えている。二度目の宿泊の際に泊まった部屋だ。美しい濃緑色の壁紙に上質なカーペット。まさに高級宿という雰囲気。この部屋を利用できるというのであればフロントの機械化など瑣末な問題に過ぎない。目に浮かぶあの日。思い出のサウンズ。


 その思い出が、見事に打ち砕かれた。ボロボロになり補修された壁に燻んだカーペット。清掃が行き届いておらず、埃や汚れが目立つ。なんだこれは、これがあのサウンズか。四つ星の誉れ高いあの! 


 俺は部屋をキャンセルして駅前のビジネスホテルに予約を取り付けた。当然キャンセル料を払ったが、それ以上に、サウンズの品格と権威が崩れてしまった事が衝撃的であり、悲しくあった。


 あの日々は、あのサウンズはもう帰ってこない。客を入れて寝かすだけの宿にはもう憧れも敬意も持てるはずもなく、張子の虎となったエントランスに軽蔑の眼差しを向けてかつての憧憬を後にした。



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