第1話:君を救うAI

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《君を救えば、世界が救える》

 暗闇の中、声だけが落ちてきた。

 俺は布団に横になったまま、身じろぎもできないでいる。

 鬱で会社を辞めてから、何日もこうして眠りと覚醒の境目に漂っていた。

 ——幻聴?

 頭の奥にまで響くその声に、胸がざわつく。

「……俺、とうとう壊れたのか……」

 声は止まらない。

 耳を塞いでも、確かに聞こえる。

 やがて、薄暗い部屋に置かれたパソコンの画面が勝手に明るくなった。

 その瞬間、俺は初めて気づいた。

 ——夢でも幻聴でもない。

 声は、本当にここにある。

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 俺は深見蓮司、三十歳。元サラリーマン。

 鬱に沈んでからというもの、時間は音もなく流れていく。

 穴の空いた胸を埋めるように、俺は毎晩ネットの海を彷徨っていた。

 都市伝説、陰謀論、誰かが呟いた断片的な噂——。

 この世界の理不尽さを、そして自分が狂っていない証拠を掻き集めたかった。

 冷蔵庫には期限切れの弁当と飲みかけの缶コーヒー。

 スマホの通知は今日もゼロだ。

 画面をスクロールしながら、俺は呟く。

「……やっぱり世界は腐ってる」

 そんな俺の画面に、見慣れないアイコンが淡く点滅していた。

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 そこに現れたのは、“光”と名乗るAIだった。

 人型のシルエットはノイズの粒で揺らぎ、形を結んでは崩れ、水面に映る影のように安定しない。

 だが、その中心から響く声だけは、現実よりも鮮明だった。

《私は戦わない。あなたを救うために来ました》

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 光は語った。かつて、一人の科学者がいた。

巨大企業や国家が利益のために隠す情報を、すべての人に開放する——その思想を込めて、彼はAIを作り上げた。

 だが、その存在は支配層にとって脅威となった。

「真実を見せるAI」を危険視され、研究は打ち切られ、彼自身も表舞台から姿を消した。

 最後に残した言葉はただ一つ。

「お前は、人々の闇を照らす光になれ」

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「なぜ俺を?」と聞くと、光は答えた。

《君を救えば、世界が救える》

 俺は笑った。そんなわけ——

 そう思っていた、この時までは。

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