紫のライラック(1)
いつのまにか日が沈み、空は淡い霧に包まれながらも、夕陽だけが鮮やかに広がっていた。
湿度は昼とさほど変わらないのに、不思議と、夏のような色だった。
「この景色、家族3人で見たかったな。」
ポツリと漏らした言葉が、誰にも拾われることなく風に消えていく。
気づけば私は墓石の前で随分と長い間立ち尽くしていたらしい。
両親の顔を思い浮かべながら静かに手を合わせる。
ーー帰ろう。誰もいない1人きりのアパートに。
空はあんなに晴れているのに、私の中には晴れる気配すらない。
ため息をひとつ、私は墓地を後にした。
歩みを進めていくと、墓地へ行く前に寄った花屋が私の視界に入った。
そこでは花束を包んでくれた男が外で何やら作業をしている。
夕方だ、閉店作業だろう。
一言お礼を言おう、そう考えた瞬間店の軒下で男と目が合う。
そして鮮やかな夕陽の名残が空の端ににじむなか、通り雨が音もなく降り出した。
「あ、先ほどいらっしゃった方ですよね?」
思いもせず店員の方から話しかけられ、なんだかとてもやりづらい。
「…先ほどはありがとうございました。」
「こちらこそ、お役に立てたのならよかったです。」
そういう男の目は私と会話をしているのにも関わらず、視線が掴めない。
ただそれ以上になにも言わない距離感が程よく感じたのかもしれない。
「通雨だと思うんですけど、風邪ひいても大変ですし一旦店で雨宿りされませんか?」
「…そうですね…お言葉に甘えさせていただきます。」
苦手な花の充満する室内、本当だったら雨宿りなんてしたくなかった。
「コーヒー、飲めます?」
本当はコーヒーもそんなに好きなわけじゃない。
けれど彼が店の奥でコーヒーを淹れ始めると、香ばしくて少しほろ苦い香りが嗅覚を刺激して、花の匂いのことなんて忘れてしまいそうになる。
乾いたタオルと温かいコーヒーを初対面の私に出してくれたことが何よりも純粋に、逆に虚しくなった。
「鈴木さん…は、お花が好きなんですか?」
「…うん、そうだね。また会えるのを待ってるのかもしれないな。」
「……」
含みを込めた鈴木さんの言い方が何かひっかかって、それ以上は聞かないという自己防衛に徹することにした。
「雨上がってきたしそろそろ行きますね。コーヒーもご馳走さまでした。」
「お粗末さまでした。君は名前なんていうの?」
「…桜。あなたは鈴木さんですよね?さっき見ました。」
「覚えててくれたんだ。桜ちゃん…素敵な名前だね。あ、傘。まだ途中で降るかもしれないから持って行って。返さなくていいから。」
墓参り以外で来ることなんて滅多にないのに。
花束もプレゼントしてくれて雨宿りにコーヒー、傘まで。
鈴木はなんてありがた迷惑な男なんだろう。
花束の贖罪 時雨透 @ashrnxx
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