第22話 傑作と駄作

七月八日、昼。仕事のある先生を除いて三人で管理人の部屋へと尋ねていった。管理人さんは普段、女神像だけだなく、中庭の手入れもしている。そのため、草刈りの後だったのか、雑草が服についたまま扉の前に立つ例の管理人に出会った。

「こんにちはー」

「あら、こんにちは。こんな時間にお客さんなんて珍しいね。なんのご用?」

管理人さんはいつになく派手なオーラをまとっている一方、草刈りで疲れたのか口調は落ち着いている。まあ、熱いし無理もない。にしてもこのオーラは、芸術家と言うものはみんなこうなのだろうか?

「あの、女神像について話したくて。確か、管理人さんのおじいさんが作ったんですよね?」

俺がその事を聞くと、目を見開いて見るからにテンションが変わった様子で話し出した。

「よくご存じで!まさか知ってる人がいるとはね!結構好きなの?美術とか!石像とか!私は好き、もちろん!今いくつか作品を作っていて…どう見てく?今作ってるのはね…」

「すっストップです!」

すかさずミカコが止めに入る。ナイスだミカコ。

「今回話したいのはそのことじゃないんです。女神像の話です!」

ミカコは話をもとに戻す。

「あら、ごめん。脱線したね。それで、あの像の何が聞きたいの?モチーフ?思い?いつ作られたか?いや、祖父が作ったと知ってるなら、そんくらい既に承知でしょうね。」

先程より落ち着いたが、やや興奮している様子だった。普段女神像の話などしないのだろう。自分の好きなものを話したくなる気持ちはよくわかる。

「はい……俺らが聞きたいのは、なぜぼろぼろのままなのかです。」

「!」

「別に悪く言うつもりじゃありませんよ!ただ、なんていうか管理人さんがいるのにも関わらず、苔とかひびとか放置してるなって……あっ俺ら芸術とか分からないんで!余計なことだったら…」

「いいの。」

「!」

「よく気づいたね。確かに私は、その辺を放置してるね。でも、私個人の芸術的理由ではないの。なんせあれは祖父の作品。私のものではない。」

管理人は中庭を写す窓を見ながら言った。

「ってことは、おじいさんがそうするように言ったんですか?」

「いえ、正しくは私も分かってないの。」

「分かってない?」

「祖父はこう言ってたの。「あの作品はわしの最高傑作であり、究極の駄作でもある。なんせ愛を作っておきながら、妻を作ったのだからね。」と。私がその話を聞いたのは、子供の時だったけど、今でもその真意は分からない。祖父は、満足そうに祖母の形になったあの像を語っていたときもあったからね。」

確かにナナカは、前の世界で管理人と話したときにそんな話を聞いたといっていたな。愛を作ろうとしたら、妻になったんだ的な話。

「もしその話が本当ならば、この作品はまだ完成してないと思ったの。だから私は手出ししなかった。できなかった。これは祖父の芸術だから。」

芸術家のこだわりと言うやつだろうか。そのような話を聞いてナナカが口を開いた。

「……管理人さんはもし、この像が私に不思議な力を与えたと聞いたらどう思いますか?その、例えばですけどね。」

ナナカは何気なく、超能力のことを尋ねた。確かにこの人なら知ってることもあるかもしれない。

「不思議な力?…面白いね。優れた作品は時に不思議を起こすもの…。祖父はよく言っていた「愛は小説より奇なり」……あなたが愛を知っているなら、そんなこともあるかもね。もしくは、この像の求める愛を知る可能性があればね。」

「像の求める愛?……おじいさんが本当に作りたかったものですか?」

「ええ、祖父に命をもらったこの作品もきっと、完成を待ちわびているの。これは孫としてではなく、芸術家としてそう思う。一種の勘ね。その勘が手入れを怠ったことにも繋がってるのかもね。まあ、単なる惰性かもだけど。ふふん。」

管理人は不思議な笑みを浮かべる。…女神像の完成。作りたかった愛。等価交換。愛の形。芸術家としての勘。ぼろぼろの像。

「あっ!」

二人の会話のお陰で繋がった気がする。管理人の祖父…岩堀さんが作りたかったもの。そして、みんなを救う方法。女神像が俺らに求めていたこと。

「あなた、どうしたの?」

「いや、大事なことに気づいた気がするんです。管理人さん、お話ありがとうございます。ところで女神像の所有権は誰が持っているんですか?」

「私ね。だから、管理人としてここで勤めているの。」

「そうですか…俺は管理人さんの芸術家としての勘があっていると思います。苔やひびを放置してたこと…その勘のお陰でやるべきことが分かりました。また、訪ねます!」

「…そう?何がなんだか分からないけど、よかったね。また話しましょう!」

俺らは感謝をのべた後、管理人室をあとにする。管理人はまたも不思議な笑みを浮かべ、俺らが去るのを見送った。一方ナナカとミカコは俺が何に気づいたのか気になっているようだった。

「ナオト、何に気づいたの?」

「ぶっとび理論?」

「はは、言えてるかもな。正直これは、大胆な仮説だ。チャンスは一回しかないかもしれない。けど、これな気がする!みんなを救える方法は!放課後、先生もいれて話し合おう!」

気づけばもうすぐチャイムがなる時間、また弁当を食いそびれているが、遅弁だな。ともかく、前には進んだ気がする。そして解決まであと一歩だろう!腹を鳴らしながら、俺らは教室へと向かった。


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