第19話 犯人

四谷先生に合ったのは、一年のとき、ナナカが探偵部を作ろうなんて言い出したときだ。先生と仲良くなれるというのはなんか、同級生と友達になるとは違った良さというか嬉しさがあった。二年生になって担任が四谷先生と分かったときは、ナナカと喜んだっけな。先生のお陰で物理も好きになったし、なんというか学校が一段と好きになった気がする。


「聞かなきゃいけないこと…か。俺に何を聞きたいんだ?」

四谷先生はいつもの感じで尋ねる。

「……四谷先生、ナナカが亡くなったと知ったとき…どう思いました。」

「……大事な生徒だ。七瀬の明るさにはたびたび元気をもらってたしな。……悲しかったよ。」

先生は涙の出そうな顔を浮かべる。きっとこの人は本当に悲しんでいるんだ。そういう人だから。

「けど、どこかで安心したんでしょう?」

「…」

「ナナカが死んだことで、都合の良いことがあった。それに今日気づいた…というより思い出した?難しいですね。」

「……冗談でもそんなこと言うんじゃない。人の死で安心するかよ。」

「そうですね。でもあなたは嬉しかったはずだ。……単刀直入に言います!先生もタイムリープしてますよね。」

「!」

四谷先生は始めて動揺を見せた。

「今日…七月十四日から数日間タイムリープしているはずです。そして起点である今日その記憶が合流した。」

「…七瀬が死んで辛いのは分かる。だが、タイムリープなど…」

「あなたは何回彼女を殺した!!」

心からの叫びだった。頭にナナカの笑顔がよぎる。涙が出そうになる。いや、出てたかもしれない。

「ナナカは…あなたに何度も殺された。正直信じたくなかった。先生のこと好きだったから……」

「……」

「先生は、身長も髪型も犯人像に一致している。だから犯人候補には入っていた。けど、そんなの当てはまる人は他にもいた。」

「……」

「先生をかなり怪しく感じたのは、ナナカの家に犯人が入ってきたからだ。家には当然、ナナカの両親もいる。ナナカは特に物音を聞いてなかったから、無理矢理家に入った訳じゃないだろう。…あなたはナナカの担任だ。休んでる間のプリントを届けに来ましたとか言って、堂々と家に入れてもらったんだ。」

「……」

「もちろん、それだけだとナナカの友達の線もある。けど、動機に繋がる要素が見当たらない。…先生、ここが正念場でした。「どうして犯人はナナカを殺したのか。」それにずっと悩まされました。ナナカは恨みを買う人物じゃないですからね。」

「……」

「そこで気づいたんです。明確な動機なんてなかったと。ナナカを殺したかったんじゃない。たまたまナナカだったんだと。」

「……」

「一番のヒントになったのは……先生覚えてますか?バタフライエフェクトの話。先生がしてくれたんです。皮肉にもあれが先生を犯人と突き止めるヒントになりました。」

「……」

「先生には大切な人がいますよね。何にも変えられない大切な人。そう、奥さんです。病気で入院している奥さん。その人が、死んだんじゃないですか?今から数日後に。」

「……」

「そもそもタイムリープの原因は、この学校の女神像にあると考えられます。恐らく先生は、あの像に願っていたのでしょう、「奥さんの病気がなおりますように」って。強い愛をもって。自分で言うのもなんですが、ナナカがタイムリープできたのは俺を強く愛してくれてたからだと思います。あの像は愛の像だから。」

「……」

「それでも願い届かず奥さんは死んでしまい、自暴自棄になった先生は自ら命を落とした。すると、十四日に戻ってきた。違いますか?」

「……」

「分かりますか?犯人像に当てはまり、ナナカの家にあがることができ、強く愛してる人がいる……それは先生しかいないんです。」

「……」

先生はずっと黙って聞いていた。どうして反論をしないのだろう?俺はどこかで言い返されるのを待っていたのかもしれない。表情を大きく変化させることもせず、たんたんと聞く様子はまるで、自白しているかのようだ。

「…………タイムリープなんて信じてるのか?俺が七瀬を殺したって。仮に本当だとしてどうして俺が殺す?お前はたまたま七瀬だったと言ったが、何を言っている?」

「…そこでバタフライエフェクトです。先生は何度も繰り返したんでしょう。奥さんを救うために。何度も何度もいろんなことを試した。経緯は知りませんが、あるときナナカを殺したら、上手くいったんです。ナナカが死ぬことで、奥さんの病状が良くなったんです。」

「……」

「けど、始めは間に合わなかったんでしょう。だからさらに試した。殺す時間を変えたり、殺す方法を変えたり、一度つかんだ可能性を話さないように何度でも試すつもりだったんでしょう?」

「……」

「俺の目を見てください。本気ですよ。俺はあなたを告発してるんです。」

「……お前の推理が全部正しかったとしても、今回七瀬が死んだのは自殺だ。俺は罪に問えない。」

風が吹く。俺らの間を隔てるように。

「知ってます。これは自己満足に過ぎないのかもしれない。それでも、俺はあんたを、四谷先生を…!」

「…………」

先生は少し下を見た後、天を仰いだ。深く息を吸い、こちらを見る。いつになく真剣な眼差しで。

「……俺の妻が死ぬのは、今から一週間後だ。そうだな、俺はあいつを救うために七瀬を殺した。」

「!」

「何驚いている。正解だ。お前の推理は大したもんだな。七瀬はよく今本には洞察力があると言っていたが、どちらかというと俺はお前には創造力があると思うな。シャーロックホームズも言ってたろ?優れた探偵には創造力が必要だって。お前にはそれがある。少ないヒントでよくここまでたどり着いたな。」

「……」

「お前のいうとおり、俺は今日ループしている記憶が戻った。そして、安心した。ついさっきだ、電話があった。病院からのな。」

「……」

「妻の体調がかなり良くなってる。この調子だと一週間後には治るかもな。七瀬が早めに死んでくれたからだ。まあ、こんな言い方は好きじゃないがな。本当に大切な生徒だった。」

「……なんで、他の方法を捜さなかったんですか?ナナカを殺すことにしたんですか!」

「…250回。」

「えっ」

「俺のループ回数だ。つっても大体だ。正確には数えてない。恐らくもっとだろうな。気が狂いそう…いや狂ったな。」

「!」

「お前のいうとおり、俺は妻の病気が治るように女神像に頼んだんだ。女神像だけじゃないさ。近くの神社とかもたくさん行った。神頼みしか俺にはできなかったからな。だか、それもむなしく妻は死んだ。そして俺も、自分で死んだ。」

「……」

「したら時が戻ったんだ。始めは喜んださ。妻にもう一度会える、妻を救えるかもしれない、って。けど、絶望した。何度やっても妻の体調はよくならない。いろんな医者に掛け合ったり、一週間ずっと医療について調べたこともあった。」

「……」

「そんなあるとき気づいたんだ。少しの変化が、時おり別の変化を起こすことに。ある日遅刻して学校に行った時があったんだ。普段のループだとその日の昼休みに生徒がしょうもない理由で喧嘩をしていた。けど、その日はしなかったんだ。俺はそのときバタフライエフェクトを信じたのさ。」

「……」

「だから試した。何かを変えれば回り回って妻が救えるかもしれないって。ほんの少しだけ台詞を変えるとか、授業で出す問題を変えるとか、そういう細かい変化から試したんだ。思い付く限りな。たまには思いきって、骨折してみるとか、万引きをしてみるとか、大きなこともやったな。それでも、妻は死ぬ。」

「……」

「当然なんでループしているのか気になったこともあってな。色々調べて女神像が怪しいと思った。だから、あるとき女神像に頼んだんだ。もう一度な。妻を救ってくれって。タイムリープの力を授けれる女神ならワンチャンって。」

「……」

「忘れもしない。今から四日後、十八日のことだったな。女神像に祈っていると、そこに七瀬が来たんだ。


「先生大丈夫ですか?」

「ああ、」

「すごくしんどそうです。何かあったんですか?」

「いや、」

「相談したら少しは楽に…」

「うるさい!」


本当に悪いことをした。何もかも上手くいかなくてむしゃくしゃしてたんだ。七瀬を思いっきり、押してしまった。


「…七瀬?」


七瀬の頭から真っ赤な血が流れていた。倒れた拍子に女神像に頭を打ったのだ。脈はなく、呼吸もしていない。即死だった。とたんとてつもない罪悪感が俺に押し寄せた。すぐさまループしないと!七瀬を殺してしまった!いや、先に救急車!……そのときスマホが鳴った。病院からだ。ほんのわずか、妻が体調を取り戻したと。俺は驚き、更なる絶望をした。こんな、こんなひどいことがあるものかと。何百回のループの結果七瀬の死だけが、妻の回復に繋がったのだ。本当は他の方法もあったのかもしれない。けど、既に追い込まれていた俺に考える余裕はなかった。辛かったのさ。このループでは結局妻は死んだが、七瀬をもっと早く殺せば、体調の回復も早まり、死を避けられるかもしれない。そんな考えが俺の脳裏に焼き付いた。」

「……それでっ!」

「七瀬は大事な生徒だ。当然他の可能性……つまり他の人間の死でもいけるか試した。何人かな。だが、ダメだった。」

「ああ、俺は初日の十四日に七瀬を殺すことに決めた。七瀬がこの日の夕方に女神像にお祈りしているのは、今までのループで知っていたからな。ナイフで殺した。」

「!」

それがナナカにとっての始めの世界。ここから彼女のループが始まったのか!

「けど、妻は死んだ。体調は多少回復したが、間に合わなかった。だから次は昼に殺した。昼休みに、生徒に囲まれた中でな。俺は最悪捕まってもよかったんだ。妻さえ治れば。」

先生の目には狂った光が宿っている。

「だが、不思議なことにそのつぎのループで七瀬は家に籠っていたんだ。しかも十四日より前の七月七日からな。ここで気づいた。もしかして、こいつもループしてるのか。それも恐らく俺より前の一週間をって。始めは七瀬かお前がループしてると思ってたが、お前の話的にループしてたのは七瀬だったようだな。」

「……」

「このループではナイフではなく首締めで殺したな。殺し方を変えれば、妻の体調の変化も変わるかもしれないからな。だが上手くいかなかった。」

「……」

「そのつぎは大変だった。誰にも告げずに遠くの町に行ったんだからな。何度ループしたことやら、ようやく見つけて…あの時はお前も殺すことになって悪かった。」

「……そんだけやってもなお、上手くいかなかったんですね。それで今回…」

「ああ!俺の手出しできない十四日以前に七瀬が死んでくれて、妻の体調はかなり回復した!」

「これも計画してたんですか?」

「いや……とまあ、完全には否定できないな。大切な人の死は心を深く傷つける。もしも七瀬がループしてるなら、殺され続ければ心が壊れて十四日より早く死んでくれるかもなとは、少し考えていた。まあどちらかといえば、お前が死ぬことのほうがダメージはでかかっただろうが。」

「! 分かってたんですか?」

「俺もそうだ。妻が死ぬことが何より辛かった。それに比べれば自分の死なんて…一度、妻が死ぬより早く自殺してみたことがあった。もしかしたら、俺が死ぬことで回復するかもと思ってな。そしたら、俺は幽霊になったんだ。そして目の前で妻が衰弱し、死んでいくのを見た。あれは辛かったな。そしてついでに気づいたな。ループ条件は俺の死だけでなく、妻の死も入っていると。」

「……ナナカも俺が死ぬことでループしていた。」

「ああ、やはり愛し合う二人の死が条件なんだろう。なんとも辛い話だ。」

「……俺はあんたを許せない!」

「…それでいい。」

先生の顔からは狂気を感じる。

「もし俺があんたと同じ立場だったら、きっと同じ道を歩んでた。それでも、俺はあんたを許せない!許せないんだ!ナナカをあんな苦しめて、殺しておいて!今回の死だって、間接的にはあんたが絡んでる!ナナカは耐えられなくなって死んだんだ!」

「…そうだな……その通りだろう。今回も俺が殺した。ただひとつ言い訳になるが…七瀬を殺したループで俺が死ぬときは、同じ死に方を選んだ。ナイフで刺した時は、俺は自分をナイフで刺して死んだし、首を絞めたときは、首をつって死んだ。人を殺したんだ。自分だけ楽に死のうとはしてないさ。…だからといって許されるつもりはない。俺はお前になら殺されてもいいと思っている。」

「……うぅっ!」

涙が溢れて視界が歪む。俺はこの人を許せない。けど、それでもこの人を嫌いになれない。きっとたくさん苦しんだ。優しくて思いやりがあるからこそ、ナナカを殺すことにたくさん苦しんだはずだ。ループの辛さはナナカの手紙で知ってる。

「先生……俺はあんたを殺さないよ。」

俺は涙を拭う。覚悟。覚悟だ!俺の覚悟!

「そうか……じゃあ、俺は一生罪を背負って生きていく。」

「違いますよ!」

俺は走り出した。屋上の手すりに向かって。そして!

「待て!」


体を浮遊感が襲う。汗が頬をつたる。

「やっぱり、先生は掴んでくれましたね。」

俺の手を先生ががっしり掴んでいる。もし離せば真っ逆さま…即死だろう。

「何してる!早まるな!お前が死んだら!」

「ナナカが悲しむですか?違いますよね?先生が困るんだ。」

俺は息を吸い、ありったけの声を出す。

「ナナカーー!聞いてんだろ!俺が死ぬまで幽霊になって見てるはずだ!いいか、全部伝えろ!次の俺に今まであったこと全部!」

「させるか!死なせるか!」

先生は必死に俺の手を引っ張る。

「困りますよね!俺が死んだら、再び七日に戻る。せっかく回復した奥さんがまた死ぬかもしれない。」

「お前に死なれるわけには!」

「けど!」

「!」

「俺は先生も救います!」

「!!」

「ナナカも、先生の奥さんも全部!俺は、バッドエンドは嫌いなんです!次のループで全部救う!助ける!」

「お前を信じれるか!俺は何度繰り返しても、救えなかった!根拠はあるのか!俺を信じさせる根拠は!お前はよく言ってたよな、「嘘は半分まで」と!どうせ七瀬を救うだけだろ!」

「そうだったら、あんたが俺らを殺せばいい!」

「!」

「俺は本気です!死んで次に繋ぐ!根拠は俺の目だ!」

「!!」

先生は俺の目を見る。

「……………「ユイ、大山公園の桜の木の下」だ。」

「!」

「妻の名前と、出会った場所だ。二つとも知ってるやつは、俺とユイ以外にいない。次の俺に言え。十四日以前はループの記憶はないが、これを聞けば信じるだろ。」

「先生……」

ぽたりと俺の顔に水滴が落ちる。

「俺も…もう嫌なんだ!誰にも死んでほしくはない!……今本、任せたぞ!」

先生の力が緩んでいく。

「はい!」

先生が手を離す。ふわりと落ちてく。ごめんミカコ。せっかく心から打ち解け合えたのに。でも、怒りながらも俺のこの行動に背中を押してくれてありがとう。ミカコがいたから俺は犯人を突き止めようと思考できた。この行動へ一歩踏み出せた。


「……あんたが死んで、もう一度ループする…約束してね!私ともっかい本当の友達になって!絶対だから!」

「ああ、当たり前だ。次は三人で!」


走馬灯のようにいろんなことが頭をめぐる。ミカコ…先生…お父さん…お母さん…クラスメイトのみんな……そして、ナナカ!もうじき地面だろうか?もうこれ以上死ぬ気はない。殺させる気もない。これで最後。未来に進む今度こそ!

グシャッ

意識が途絶えた。


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