第18話 世界
「ナオト……大丈夫?」
ミカコの声がする。
「ああ、大丈夫…ではないか。」
体に力が入らない。俺はこれからどうしたらいいのだろう。ナナカのいない世界で笑っていけるだろうか。彼女は乗り越えてほしいと言っていたが、あまりにも厳しい話だ。ミカコがいるとは言え、辛いものは辛い。
「ねえ、ナオト。私悔しいよ。」
ミカコは震えた声で言う。
「ミカコ…」
「犯人だけでも突き止めない?私、ナナカをここまで追い込んだやつを、許せない。」
「……」
犯人…犯人か。そうだ。元はといえば、あの黒で覆われた誰かのせいでナナカは死んだのだ。俺は手に力をいれる。ミカコの悔しさが俺にも伝わってきたのだ。
「そうだな……犯人を捕まえよう。」
このつまらない世界で俺がやるべきことは、ナナカの無念を晴らすことだけだ。復讐とまではいかない。この世界ではナナカを殺してはいないのだから。直接的には。けれど、犯人を突き止めずにはいられない。というより、なにか目的がないと俺の心はどうにかなりそうだった。俺は悲しさや後悔を振り払うように、集中する。いったい誰が、ナナカを何度も殺したのだ。なぜ殺したのか。
「まずはやっぱり…どうして、犯人はナナカの場所が分かったのかな?やっぱりナナカも一度考えてたように、犯人もタイムリープしてたのかな?」
ミカコが疑問を口にする。真っ当な疑問だ。俺もそこが気になっている。学校の中だけならまだしも、家や遠くの町まで追ってきているのだ。
「でもそれはおかしいって、ナナカも気づいてたろ?犯人もタイムリープしてるならなぜ、七日目に殺したのかだ。」
ナナカがタイムリープしている以上、犯人もしている可能性は否定できない。けれど、どうして十四日以前に殺さなかったのだろう?
「そうなのよね……うーーん、分からん!」
「…」
「うーーん…あ!あれじゃない!七日目に動機ができたとかじゃない?ほら、タイムリープして時間が戻ったとしても、動機ができる七日目までは、罪悪感とかで殺さなかったとか!」
「……七日目に動機か…つっても一日中家にいたときもあるんだぜ?…そんなの…!」
「分かったの!?」
俺がなにかに気づいた顔をしたのを見て、ミカコはそう言った。
「ああ、なにも七日目じゃなくていいんだ!それより後でも!つまり、動機ができる理由は十五日以降でいいんだ!」
「どっどういうこと!」
「つまりだ、ナナカは七月七日を起点にして一週間タイムリープしていた。一方犯人は、七月十四日を起点にしてタイムリープしてるんだ!」
「なるほど?」
「俺らには犯人もタイムリープしているなら、ナナカと同じところをループしていると勝手に決めつけていた。先入観ってやつだ。それが間違っていた!」
俺は頭の中に浮かんだ仮説を整理する。ミカコはまだよく分かっていない顔をしている。
「例えば…俺らが生きている世界を「Aの世界」としよう。七月七日に始まり、十四日にナナカが死ぬことでこの世界は終わる。」
「終わるとどうなるの?」
「「Bの世界」の七月七日に移行するんだ。」
「なるほど……じゃあ、ナナカがその世界で死んだら、次は「Cの世界」での一週間が始まるんだ。」
「そう言うことだ。次に…まあAの世界の話に戻そう。七月十四日はナナカが死ぬ日でもあるが、犯人のループが始まる日でもある。というか、ループしてナナカを殺してるんだ。」
「つまり犯人は、何度もナナカを殺すまで十四日をループしてるってこと?確かにそれなら、ナナカがどこにいても殺されたのも納得がいく…なんせループしていろんな所を捜しまくれるもんね。」
ナナカのループに俺らが気づかないように、犯人のループにはナナカも気づいていない。ナナカにとってはAの世界での一週間は一度だけだが、犯人にとっては何度も繰り返しているんだ。
「そういうことだろうな。それと恐らく、犯人は起点である十四日になるまでループしている記憶がないんじゃないか?犯人にとって起点である十四日以前は過去だからな。」
ナナカのループ周期は一週間だった。犯人の周期はどれくらいか分からないが、十四日以降に動機ができ、ループしてナナカを殺すことにした。なるべく早く、犯人にとってループ初日の十四日に。そして、この日以前にループの記憶がないとすれば、もっと早く…十四日より前に殺さなかった理由にも納得いく。
「うーーん。でもまだ分からないことがあるわ。さっきナオトはナナカが死んだら、Bの世界に行くって言ってたけど、犯人はどうなるの?犯人の意識が突然、Bの世界の十四日に飛ばされるってこと?それだと、めちゃくちゃ違和感ない?犯人からしたら、ナナカを殺した瞬間、ナナカが生きてる十四日になるんだよ?……自分で言っててわけわからなくなってきた…」
「そうだな。……ってか、よく考えれば、ナナカは死んだ後に幽霊になって後の世界を俯瞰しているときがあった。これはつまり十四日以降も世界は存在してるってことだ。」
「確かにそうね。それで、ナオトも死んだら次の一週間が始まったんだっけ?」
「そうだな。それでナナカはBの世界に移った。けど、Aの世界も続いてたんじゃないか?その世界で犯人も何らかの条件を満たして、Bの世界の十四日に合流した。いや合流と言うより、犯人も条件を満たすことでBの世界ができてるのかもしれないが。」
「つまり、ナナカとナオトが死んだ後、すぐにBの世界に移ったように感じてたけど、実際はそうじゃなかったってこと?いわば眠っているような状態を挟んでいて、犯人も条件を満たすことで、Bの世界で目覚めた。条件……やっぱり、死ぬことなのかな?」
「かもな。どうして犯人が死んでるのかは知らないが……」
と言ってもすべては推測だ。こんな非現実的なことを正確に当てれるわけもない。ただ、だからといって大きく間違っているとも思えない。
「ややこしくなってきたね。一旦整理しようか!まずAの世界で、私たちが生きているとする。」
「そして、十四日以降に犯人はループを繰り返し、なんとか十四日にナナカを殺す。その後…十五日以降に犯人が死に、Aの世界が終わる。すると、ナナカはBの世界の七月七日に目覚める。」
「犯人は十四日以降をループしてるから、十四日になるまでは自分がループしている記憶はない。十四日になると犯人の記憶が目覚めて、ナナカを殺そうとする。後はそれの繰り返しね。」
「ああ、犯人は途中参加してるようなもんだな。つまり、今日…七月十三日に犯人を突き止めても、そいつにナナカを殺そうとしてる意思はないわけだ。」
「ようは、犯人を告発し、話を聞くのは明日になるってことね。」
俺たちは深呼吸を挟み、一旦頭を落ち着かせる。ややこしい話だが、こう考えるとうまくいく。犯人にとって十四日以前は過去なのだ。そして、十四日が起点。
「結局、理論はこれでいいとしても、犯人が誰かは分からないよ。それに動機だって……私はナナカが殺されるようなことをするように思えない。当然十五日以降も!」
「……」
そうだ。そこなんだよな。どう考えても動機になるようなものが思い付かない。何となく怪しい人は見当がついたが、動機が思い付かない以上確信が持てない。ナナカはナナカだ。それはいつになっても変わらないだろう。非道な行いなど、ナナカから遠いところに存在する。そんなことを考えているとミカコがなにかひらめいたような表情をした。
「……あれかも!バターフライエフェクトってやつ!ナナカがした行為が、回り回って犯人を傷つけたのかも!」
「バタフライエフェクトな。バターを揚げるな。…………それだ!!それだよ!ミカコ!」
「えっ」
ミカコは驚いた顔を浮かべる。
「ありがとうミカコ!繋がった!バタフライエフェクトだ!犯人に動機はなかったんだ!」
「は?えっ?動機が?ないの?」
頭の中で点と点が繋がる。そして自分のやるべきことが分かる。この推理…と言うより仮説に近いかもしれない。だが、可能性はある!
「ミカコ、俺は明日犯人を告発する。……そして、ここからの話はミカコは怒ると思うけど…」
俺はこれからすることをすべてミカコに話した。やっぱり怒られはしたが、信じてくれた。俺のやるべきこと。俺の覚悟…!失われていた体温が戻る感覚がする。鏡を見ずとも分かる。今の俺の目には光が灯っている。
次の日の昼、学校の屋上に来ていた。日差しが熱い中で、優しい風が体を冷やしてくれる。俺は今からここで、犯人を告発する。答え合わせの時間だ。
ギィー
そのとき屋上の扉が開く音がした。来たのだ、犯人が。何度もみたことのある顔がこちらに歩いてくる。
「どうした?こんなところに呼び出して……いや、分かるよ。七瀬のことは残念だな。相談なら乗る。」
その人はいつもの優しい声で語りかける。暗い様子は見せず、固い笑顔を作っている。
「…違いますよ。俺はあなたに聞かなきゃいけないことがたくさんある。……四谷先生。」
バタンっと扉が閉じる音が空に溶けた。
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