第16話 覚悟
目が覚めると、学校、五度目の景色だ。まだ、手に生暖かい感触が残っている気がする。吐き気が一気に押し寄せる。どうして、今回は幽霊にならなかった?ナオトが死んでいたから?思い返せば私がここに戻るのはいつもナオトが死んでからだった。いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。吐き気も疑念も涙も、一旦押さえ込め。
「ナオト…」
ナオトがこっちを向く。
「私、超能力に目覚めた!」
私にとって最後の一週間が始まった。
この日はナオトに未来を読めるって話をした後、女神像について再び調べた。私自身管理人さんの話を直接聞いてみたかったからだ。それに私からしたら、女神像を調べたのは七日前で詳しく覚えているわけではなかったし。
「ただいまー」
私は家につくと荷物を自分の部屋に投げ出した後、トイレに向かった。
「おおえっ!」
我慢していたものがすべて流れ出した。目をつぶると目の前で死んだナオトが見える。周りの人を疑いに疑った罪悪感が胸を握る。いつ十五日を向かえられるのかと言う不安が体をおおう。
「うう、うぐっ、」
涙が止まらない。しんどい。辛い。もう嫌だ。逃げたい。ナオトに死んでほしくない。誰も疑いたくない。こんなことなら……!私はそこではっとした。こんなことなら?こんなことならなんだ?死んでもいいの?私は生きたかったんじゃないの?覚悟を決めたんじゃないの?……私が本当にしたいことは、なに?目をつぶる。心を落ち着かせるように深呼吸する。すぅーと、今までのことを思い出してみる。私のしたいこと。私の覚悟。それは本当に、私が生きることなの?深く、深くへと意識を持っていく。
「うわーん!」
小学五年生の頃だったかな。朝学校に来てみると、私が図工の授業で作った粘土細工が誰かに壊されていたんだ。ロッカーの上でみんなの作品が飾られている中、私の作品だけがぐちゃぐちゃになっていた。私はその作品…今となってはどういうものを作ったのかはっきり覚えてないけど、すごくがんばって作ったんだ。放課後まで残ったりして、満足いくまで作っていた。確か、賞を取りたかったのかな。友達が前に賞を取ったのを見て、ちょっと悔しい気持ちになって次は私が取るんだって!子供っぽい理由だけど、すごく一生懸命になった。周りの子達は必死に慰めてくれたけど、私すごく悔しくて、誰がやったのか分からないけど一言謝ってほしかったんだ。
「大丈夫か?ナナカ?」
「うぐっ、うう…」
「ほら俺らも手伝うからさ。もう一回作ろうぜ。」
「うぐっ、でもまた壊されるよお、」
「……」
「私悪いことしたかな…?」
先生や友達は他の子に呼び掛けて犯人を捜してくれた。そんな中……ナオトは隣にいて、私の作品をじっと見ていた。ボロボロになった私の作品を。
「みなさん。先生が話したいことが分かりますね?ナナカさんの作品についてです。ナナカさんは一生懸命作品を作っていました。これを壊すと言うのはひどい行為です。わざとじゃなかったとしても、謝らないのは到底許されません。もし、話しづらいなら、まず先生に言ってください。別にさらし上げるわけではありません。」
終礼の時間にそのようなことを先生が言った時、一人の生徒が手を上げた。
「せんせー、そんなのどうでもよくないですか?」
クラスの問題児だった、たけしくんだ。
「たけしくん!なに言ってるんですか!」
「だってよー、こんなゴミいいじゃん!俺は早くサッカーしてーんだよ!」
「たけしくん!」
先生が怒気をふくんだ声を上げた。周りの子達はたけしくんの言葉に反応して各々意見し始めた。
「そーだ、そーだ!サーカーしたい!」
「はあ?あんたら、さいてー!あんたらが壊したんでしょ!」
「壊してねーよ!」
「たけしが犯人だろ!」
「はあ!ぶん殴るぞ!」
教室がざわざわしだす。すると、突然バンッと机を強く叩く音がした。それに驚き、教室は静かになる。音のなったほうを見ると、そこにはナオトがいた。
「本当は…さらす気はなかったけど。ムカついた。たかし!お前が犯人だろ?」
「!」
教室中が再びざわめく。普段、みんなの前でしゃべるようなキャラでないナオトが急に話し出したのだ。しかも犯人はたけしくんだと。
「はあ?ナオトなに言ってんだ?俺がいつあんなもん壊したんだよ。何時何秒何曜日…」
「しょーもないことをいうな。」
「ちっ……証拠は?俺がしたって言う証拠は?まさか、ないなんて…」
「あるよ。」
「!」
「まず、ナナカの作品は強く床に叩き付けられた後、踏まれていた。床に粘土の跡が残っていたし、作品には足跡がついていた。」
「ふうん。」
「そもそもこの作品はいつ壊れたと思う?」
「さあな、昨日の放課後じゃね?」
たけしくんは鼻をほじりながら答えた。
「それは違う。先生は最後に戸締まりをする際、忘れ物がないかチェックする。もし、昨日壊れてたならそのとき気づくはずだ。」
ナオトは冷静に説明する。
「あっそ。」
「つまり、今日の朝に壊された。そういえば、たけし。お前最近サッカーの練習で朝早く来てるよな。」
「はあ!?そんな理由かよ!それなら俺以外にも怪しいのはいるぜ!」
たけしくんは急に感情を高めだした。だか対照的にナオトは落ち着いている。
「それだけじゃないよ。お前の靴にピンクの粘土がくっついてる。」
ナオトはたけしくんの履いている上履きを指差した。確かにややピンク色に汚れている。
「これは……!俺が作品作ったときの汚れだ!」
「お前の作品にはピンク色使われてないだろ。一方ナナカのには使われている。お前が踏んだときついたんだ。」
たけしくんは見るからに動揺が大きくなっている。
「知るか!俺じゃねぇ!」
「さっきも言ったけど、ナナカの作品は床に強く叩き付けられてる。そのとき、犯人は強く作品を握ったから手形が残ってるよ。これをたけしの手と比較すれば、明確な証拠に…」
「うるせぇ!」
突然たけしくんは立ち上がり、ナオトに殴りかかった。
「いたっ!」
頬を強く殴られたナオトは、椅子から倒れこみ、隣の席のこの椅子に頭をぶつける。鈍い音がした。すぐさま周りの子や先生がたけしくんを押さえ、一旦その場は収まった。後の話で分かったが、たけしくんは何となくむしゃくしゃして、近くにあった私の作品を壊したらしい。
「ちっ、結局あいつ謝ってねぇーな。……てかナナカ、いつまで泣いてんだよ。大丈夫だ。お前の作品はみんなで直そう?」
「うう…違うよお。だって、ナオトが殴られて死んじゃうかと…」
「あんなんで死ぬかよ。痛かったけどな。」
「うわーーん」
「落ち着けって。俺は大丈夫だから。」
「でも…」
「大丈夫。俺は死なないよ。ずっとそばにいてやるから。ナナカのそばに。」
ナオトは優しく微笑んだ。少しすると自分の言葉が恥ずかしかったのか、ナオトは頬を赤らめて目をそらしたが、私はすごく嬉しかった。
……懐かしい夢?目をつぶって少し寝ちゃったかな。トイレの壁に寄りかかって……けど、
「そうだ。私にとって大事なのは…」
私はしっかり思い出した。昔からそうだった。私はナオトに生きていてほしいんだ。もちろん自分もずっと一緒にいたいけど、それ以上に。
「……死ぬ…か。」
私の中にひとつの考えがよぎった。私がまた七日後に殺されたら、ナオトは自ら命を絶つ。もしくは前回みたいに私をかばって死ぬかもしれない。私は生きようと覚悟していたけど、違う!ナオトを生かすんだ!犯人はいつも私だけを狙っている。きっと私が死ねば他に手をだすことはないだろう。
私はトイレを流すと、立ち上がり自分の部屋へ入っていった。そして机についた引き出しを開ける。
「確か…ここに……あった。」
便箋があった。私はそれを机の上に置くと、椅子に座った。さて、どう書き始めよう?今まで私に起きたこと、そして私の気持ち、全部を綴っていこう。ナオトに向けて。そうすればきっと、ナオトは死なないですむ。私の思いを受け取って、ナオトだけでも未来に進んでほしい。そして、書き終わったら、私は人生を終えよう。それでこの長い長い一週間が終わる。これが私の覚悟だ。本当の覚悟だ。私が死んでも、ナオトに生きてもらう。心からの、嘘偽りのない覚悟だ。
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