ナナカと一週間
第11話 目覚め
7月14日、私はみんなが学校から帰り始めた時間に女神像の前に立っていた。そよ風が吹き、中庭の芝生が揺れる。カラスが鳴いているのがよく聞こえて、静かな空気に取り巻かれる。
「ふぅーー」
ゆっくりと息を吐き出す。どうしてこんなに緊張しているのだろう。緊張でいつもより早く学校にもきちゃったし、授業を集中できてなかった。テストの前とか、友達が風邪を引いたときとか、何回かここに来てお祈りしたことがある。そのときとはまるで違い、今は心臓がばくばく言っている。鳥の声すら聞こえなくなるくらいに。……理由は単純だ。私は明日告白する。放課後にいつもの部室で。そのための願掛けに来たんだ。女神像にお祈りすることすら、まるで本番のように感じる。ーーお願いします。どうか告白が上手くいきますように。ナオトと付き合えますようにーー
キーンコーン
チャイムがなったそのときだった。
「うぐっ!」
その時腹部に激痛が走った。思わず倒れこみ、腹部を押さえる。後ろを見ると誰かがいる。黒い服を着て、顔を隠している誰か。手にはナイフを持っていて、血がついている。私のだ。
「はあ、はあ、」
お腹が熱い。多分後ろから、横腹を刺された。目を閉じて祈っていたから、心臓がばくばく言っていたから、気づかなかった。熱い血が手のひらに広がるのを感じる。嫌だ。まだ死にたくない。まだ想いを伝えてないよ。犯人は大きくナイフを振りかぶる。刺される。恐らく心臓を狙っている。体が動かない。声がでない。
「ナオ……ト…!」
痛みが熱さが全身に広がる。意識が遠のく。死ぬ。死ぬんだ私。……ナオト…
一瞬意識が途絶えた後、目が覚めるといつもと違う景色が見えた。いつもは上にあるはずの木の葉が目の前にある。ふと、下を見ると私が倒れていて、側にはあの黒い誰かが立っている。
「私は幽霊になったんだ…」
不思議とその事が自然に受け入れられた。体が浮いてやや透けている。私は死んだ。そして、幽霊になった。先ほどの苦しさや痛さはすでになく、なんなら心地よい。ふわふわ浮いて気持ちよい。私はそのままずっと自分の死体を眺めていた。誰かが消え、人が来る。救急車が呼ばれ、警察も来る。そして自分の死体が片付けられたら、ふわふわと私は漂うことにした。自分の自然な気持ちに身を任せて。
友達が泣いている。美香子が泣いている。先生が泣いている。四谷先生が泣いている。お母さんが泣いている。お父さんが泣いている。…なんだろう。すごく悲しい気持ちだけど、私は幸せだ。こんなに愛されてたなんて。悔いはもう……
「ナナカ!なんでっ……!」
ナオト!
「ナナカ!ナナカ!どうしてお前が!……俺を置いていくんだよ!」
ナオトが叫んでいた。ナオト、ごめんね。ごめん。私ももっと一緒にいたかった。幽霊が涙を流すのかは知らないが、目頭が熱くなった気がした。
「俺はお前に伝えたいことがあったのに…!」
私も伝えたかった。この気持ちを。死んでも消えない、この強い気持ちを。けどもう…
「……俺も死んだら、会えるかな?」
!!
「なんかすごくつまらなく感じるよ、ナナカ。お前がいないなら別に…」
ナオト!ダメだよ!死なないで!嫌だ!やめて!お願い!どうして!!
ああ、もしも、もしも神様がいるのなら、もう一度死ぬ前に戻りたい。ナオトに会いたい。会って伝えたい。そして二人で、この先を生きていたいよ!!
その時、光が私を包んだ。暖かい光。だんだんと眠くなる。瞼が重い。とうとう時間…かな……?
「ナナカ?どうした、ぼーっとして?」
「えっ」
目の前にナオトがいる。
「えっ、えっ、」
どういうこと?なにこれ?天国?
「なに?どうしたんだ?弁当食べないのか?」
ナオトが目の前で戸惑っている。
「えっ、ああうん。食べる…よ。」
私は軽く頬をつねってみる。痛い。これは夢じゃない。じゃあ、さっきのは?さっきのが夢なの?
「おっ、今日はハンバーグだ!ウインナーも二つある……元気がないなら、一個食うか?」
ナオトはそう言ってタコの形のウインナーを箸でつかんだ。
「いや、大丈夫だよ!ちょっとぼーっとしてただけ!」
私はそう言って弁当箱を開く。あれ?この唐揚げ弁当。少し前に食べた気が?ナオトの弁当も見たことある気がする。私はふとスマホの電源をいれる。
「!!」
七月……七日!?一週間前!?さっきまでは十四日だったはず。やっぱり長い夢を見ていたのかな?でも、にしてはやけに現実味のあったような。私は刺されたはずの場所をさすりながら考える。痛くはない。けど記憶には残っている。確かにここを刺され、苦しんだ。なんとなく幽霊になったときの浮遊感も記憶に残っている。夢なのかな?現実なのかな?仮に現実なら、時が戻ったってこと?そんなことあるわけ…
「おい!本当に大丈夫か?今日はやけにぼーっとしてるな。」
「えっ、ごめん。ちょっと考え事しててね。」
私は弁当を頬張り始めた。考えたって仕方ない。きっと夢だったんだ。長くて悪い夢。その時だった。
「よーし!パン買ってきたぜ!」
教室に橋本くんが勢いよく入ってきた。そして、思いっきり転んだのだ。
「えっ!」
思わず声が出る。やっぱり見たことある光景だ。一週間ぐらい前に…周りからは笑い声が聞こえる。けど私はそれどころではなかった。
その後の授業では、解いた覚えのある抜き打ちテストが行われ、授業内容も見たことあるものだった。冷たい汗が頬を伝わる。緊張が全身に走る。私は今日一日気が気でなかった。気づけば終礼が終わり、周りが帰り始めていた。
「七瀬大丈夫か?ずっと、ぼーっとしてるが。」
「先生…」
心配した四谷先生が話しかけてくれた。
「何かあるなら、相談してくれよ。俺じゃなくても、ほら、今本の方が話しやすいだろ?」
先生は隣を向く。そっちを見ると心配そうな顔で、ナオトが私を見ていた。
「……そうですね。ナオト、今日部室に行こ。相談したいことがあるの。」
ナオトは頷いた。先生の言う通りだ。抱え込んでいたって仕方がない。
「そうか、部室に行くか。戸締りしっかりしろよー。また、何かあったら先生を呼べよー!先生、暇だから。はは!」
先生は私が和むように笑った。
「先生、ありがとうございます。」
私は頭を下げ、部室に向かった。
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