第9話 大好きとさよなら

「ナナカ…どうしてここに?」

俺は声を出して始めて自分も震えていることに気づいた。

「隣の家だからね。窓から制服で学校に向かうナオトが見えたの。それでさっき気になって…」

彼女の声も震えている。

「いつからいたの?」

ミカコは暗い瞳でナナカを睨んだ。ナナカは一瞬怯んだが、後ろではなく前に一歩踏み出した。一歩、また一歩と俺たちの方へ近づいてくる。

「遊園地の話ぐらいから…」

「来ないで!」

ミカコの声が響く。

「聞いてたでしょ?私はあんたが嫌いなの。それも身勝手な理由でね。失望したでしょ?嫌いになったでしょ?」

ナナカは首を横に振る。

「盗み聞きしてごめん…」

「うるさい…」

ナナカは一歩ずつ進む。

「距離を置いてごめん…」

「来ないで…」

ナナカはもう目の前にいた。そして、ミカコに抱きついた。

「そしてなにより……ありがとう。」

泣きじゃくった顔で、涙も鼻水も流しながら、ナナカは必死の笑顔でそう言った。

「!?…ありがとう?なにが?なにがよ!」

「…昔ミカコ言ってくれたよね。「ごめんよりありがとう」って。だから、ありがとう。」

「!」

「ずっと、ずっと、自分のことでいっぱいなのに、私の恋を応援してくれてありがとう。」

「それは…私に都合いいからで!先輩が、諦めるからで!」

ミカコはナナカの声をかき消すように声をあげる。

「あの時、マネージャーの手伝いを誘ってくれてありがとう。もう会うことなくなるかもって不安だったから、声かけてくれて嬉しかった。」

「違うっ!私は嬉しくない。あんたなんか呼ばなきゃよかった。」

「私たちのこと思ってくれてありがとう。嫌いなのに、話しかけてくれてありがとう。昨日も一緒に応援させてくれてありがとう。」

「……うるさいよっ!あんたはいつもそうやって、悪気なく私の傷つくことを言うんだ。」

「それでも、好きでいてくれてありがとう。」

「!!」

好き?違う……ミカコはお前のことが嫌いなんだ。聞いていたはずだろう?だから、ミカコはお前のことを……!

「!」

ミカコは両手をナナカの腰にまわしていた。そして、ぎゅっと抱き締めていた。そうか…そうだったんだ。違うのは俺だ。ミカコが涙を流して、苦しんでいたのは、俺らのことが…好きだからだ。好きだから苦しんでいたんだ。

「ミカコ……ごめん。俺が間違っていた。嫌いなんて、嘘だったんだな。」

「嘘じゃ……」

鼻の詰まった声でミカコは返事をする。

「ありがとう。俺らを好きでいてくれて。俺も…」

「私も…」

「ミカコが大好き」

ミカコにとって好きと言うのが口癖だったように、俺もよく口にしていた言葉があった。「嘘は半分まで」。半分本当のことを混ぜることで嘘は信憑性を増す。ミカコもそうだったんだ。俺らに対して嫌気や不満を持ったのは本当だろう。ムカついたのも、辛かったのも。けど、嫌いではなかったんだ。

「私…私…自分に嘘ついてたんだ。ナナカが嫌いって。いっそのこと嫌いなら、楽になれたから。嫌いなやつが嫌なことしても割りきれたから。けど……無理だったよ、無理なの……。ナナカぁ……ナオトぉ…私も大好きだよ。ずっと、ずっと…!」



「いてて、あいかわらず力つよいよ!」

「ごめんって、つよくなぐりすぎた。」

「もう、二人ともケンカしちゃってさ。わたしをとりあわないの!」

「……わるかったって」

「ってゆーか…」

「なんだ?」

「ケンカするなら、わたしもまぜてよ!」

「は?」

「ほらナオト!つぎはミカコをとりあって、ケンカしよ!そのつぎはナオトをとりあってね!」

「…ぷっ…あはは!やっぱ、ナナカはへんね!」

「うん!おかしいよ!あはは!」

「むー!二人してなにわらってんの!」

「ごめんごめん、ケンカはやめよ!わたしがはじめたことだけど、二人ともだいすきだから、なぐるのはやめ!」

「ぼくもさんせい!」

「えー、わたしだけしてないよ!ケンカ!」

「しなくていいんだよ…」

「あはは!」



俺らは適当に近くの席に座り、気持ちが落ち着くのを待った。しばらく沈黙が続いたあと、それを破ったのはミカコだった。

「なんか久しぶりだね。こうやって…喧嘩っていうかさ…言い合うの。」

「うん。そうだね…」

「んーー!なんかスッキリしたな!もういい時間だし、私はサッカー部に行かなきゃ。」

「……告白するのか?」

「バカね。こんな泣きじゃくった顔でするわけないでしょ…。ナナカ!」

「なに?」

「私、頑張って自分磨いて先輩のハートを奪うから!気遣わないでね!」

「うん!分かったよ!」

「そして、二人とも!さっさと付き合いなよ!これは先輩関係なく、本心だから!特に、ナオト!男見せろよ!」

「あっああ。」

チラリとナナカの方を見ると、顔をやや赤らめていた。きっと俺もそうだろう。

「じゃ、また月曜日ね!バイバイ。」

「バイバイ、頑張れよミカコ!」

「……さよなら、ミカコ。」

「ん…ああ!じゃね!」

ミカコはそう言って教室を出ていった。鼻唄混じりに。いつも…というより本当のミカコって感じだ。

ビューっと風が吹く。ミカコの背中を押すように、そして俺らにまとわりつくように。

「ナナカ……」

まだ顔が赤い。そして俺も熱い。心臓の音が再び強くなる。ミカコはまた月曜日と言った。月曜日はナナカが殺される一日前だ。俺はてっきり、ミカコが殺すんじゃないかと疑った。最悪の推理ってやつだ。けど、分かった。そんなことをミカコがするわけがない。今日を通してその事が深く分かった。心の中で深く反省をした。

「ナナカ……告白…だけど、全部終わってからでいいか?お前を救ってからで。」

ミカコが犯人ではないというのは、この上なく喜ばしい事実だ。だが、その一方で再び犯人が誰か分からなくなったということでもある。きっとこのままだと彼女は殺される。今日を入れて四日でどうにかしなければならない。

「うん……分かった。」

ナナカはどこか物寂しそうに答えた。静かな時間が再び訪れた。窓の外から、部活をしている人の声が聞こえる。ミカコはもうあそこにいるのだろうか。大葉先輩や橋本も校庭で走り回っているのだろうか。

「せっかくだし…」

ナナカが口を開く。

「ここで、探偵部しよっか?ほら、黒板もある!」

ナナカは立ち上がり、チョークを握る。黒板に一筋の白い線が走る。

「あはは、がたがただ。けっこう難しいね。黒板!」

彼女は線を黒板消しで消すと、今度は絵を描きはじめた。白い円を描くと、そこから三角形の耳が生えた。二つの可愛らしい点を描き、鼻と口を付け加える。最後にシュッシュッと髭を描く。

「猫か…」 

「せいかーい!」

彼女はらんらんと絵を描き続ける。まるで三日後に殺されるとは思えない。

「ほら、ナオトも描こ!」

「えっ、」

「楽しいよ!ノートに描くのとかと違ってさ!独特な感じ!力を入れすぎると、がったがただし、弱すぎても変になっちゃう。」

「そうだな。案外難しいよな。」

俺は黄色のチョークを取ると、猫のとなりに絵を描きはじめた。すーっと線を引く。黒板に絵を描いたのはいつぶりかな。

「あっ!犬だ!」

「正解。」

だんだんと黒板が色鮮やかになる。赤に、青に、黄色に、白に。今度はミカコとも描きたいな。いや、それだけじゃない。

「今度、ミカコと遊びに行かないか?」

「うん!……今度ね。」

ぱきっと彼女の持ったチョークが折れた。

「んー不吉!」

彼女は地面に落ちてくだけたチョークを拾いだした。

「けっこう粉々だな。ちりとり取ってくるよ。」

「ありがとー!」

俺はロッカーに行き、ちりとりを取る。

「ナナカ…絶対今度行くからな!」

俺はそう言ってちりとりを渡した。

「……うん!」


しばらく黒板にお絵描きをした後、俺らは席に着いて今後の話をすることにした。

「まだ、昼前だよ!けっこう時間が経った気がするのにね!」

「ああ……この後どうしようか?」

「うーん、公園にでも行って遊ぶ?ほら、みんなが運動してるの見ると、私もしたくなって!」

ナナカは窓の外を眺めながら言った。

「はあ、そんな暇ないだろ。あと、三日だぜ?今日入れても四日。半分切ってるんだ。七日目は事件が起きる当日だし…そう考えたら実質…」

「ナオト!」

彼女は声を大きくした。

「私今日帰ったら、未来の出来事全部まとめようと思うの。だから、明日それを見て行動を考えない?」

「あっ…そうなんだ。でも、」

「だから、お願い。少しでいい。昼御飯までは息抜きに遊ばない?」

ナナカは上目遣いでお願いをする。うう、断れない。にしてもやけに必死な気がする。

「分かったよ。昼までな。その後はナナカは、家で未来のことをまとめる。俺は俺で色々考えとく。これでいいか?」

「うん!いいよ!ありがとう!」

ナナカは笑って感謝した。この笑顔を守りたい、そう思わされるそうな顔をしていた。


その後は公園で走ったり、ブランコを漕いだり、童心に帰って遊んだ。ミカコのこともあってかとても懐かしさを感じる時間だった。そんな暖かい時間はすぐに過ぎるもので、気づけば時計の短針は真上を過ぎていた。

「もうこんな時間か。」

俺は公園の時計を見て言った。

「うん。そうだね。」

「こうやって、高校生になっても公園で遊ぶのは楽しいもんだな!次はミカコも入れるか!つっても、ミカコが運動神経で無双しそうだけど。」

「そうだね。」

「どうした?」

ナナカの返事は、先程までの明るさとは対照的だった。

「いや、今日も終わるなって!あと半日は未来のことまとめるだけだし!」

「そっか…まあ、早く終わったら夕飯どこかに食べに行くか?」

「いや…多分終わらないや。結構書くことあるし。調査結果をまとめたときだって相当頑張ったんだからね!」

「そうか…じゃあ、また明日だな。」

「うん…明日。」

俺らはブランコを降り、家の方向へ歩き出した。家に帰るまでの間これといって話すことはなかった。話したくないわけでも、話したいネタがないわけでもないが、今はこう…二人で歩いていたかったんだ。事件を解決したら告白する。やることも増えたし、頑張らなきゃな。帰ったら、とりあえずごはん食べて、今までのことまとめて、推理し直しだな。そんなことを考えているとあっという間に家の前にたどり着いた。

「よし、じゃあまた明日。」

「うん……」

俺はこの次のナナカの言葉が頭から離れなかった。そういえば、さっきミカコに別れを告げるときもどこか違和感のある言い方だった。

「ナオト、さよなら!」

彼女はそう言って家の中へ入っていった。俺はなかなか自分の家の中に入れなかった。なぜか、その言葉が頭の中を反芻する。まるで、本当にさよならかのように。風が吹き、彼女をさらっていくようだ。そしてその不安は…その最悪の推理は当たってしまうのだった。


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