第8話 最悪の推理

「あれは、去年の夏休みだったかな。夏休みは一日中、部活の日も多かったし、けっこーマネージャーも忙しかったんだよね。ボールの空気いれとかいつもの二倍ぐらいした気がするもん。」

鈴木はいつもの調子で、ただどこか暗さを帯びて語りだした。

「わざわざ夏休みにまでマネージャーしたくないって子もまあまあいてね。気持ちは分かるけど、それで普段は六人いたマネージャーも二人とかになるのもざらでさ。まあ、休んだ子達は恨んだりしてないよ。普通に用事ある子もいたし。ほら!夏休みってあばあちゃん家に帰る人多いじゃん?……それに私としてはライバルが減ったって感じもしたしね。大葉先輩人気だし。マネージャーが減ったことで普段より話す機会も増えてさ。その分好き度も上がったんだけどね。最初はすごー!かっこいいー!ぐらいだったけど、夏休みからはガチ恋だったね。」

鈴木は教室の中を歩きだした。

「先輩がわざわざ夏休みに来てくれてありがとうって、ジュース買ってくれたりしてさ。そーゆー水分補給は私たちの仕事なのにね。けど、そんな優しさが暖かかったんだ。……それでもやっぱり、二人じゃ足りないときもあってね。スッゴい暑いし、私はほら昔から元気ハツラツって感じじゃん?だから平気だったけど、もう一人の子はすごい疲れてたし、助っ人を呼ぶことにしたの。」

「……それが、ナナカ…」

そういえば去年の夏、鈴木の手伝いをしてくるって言ってた気がする。これのことだったのか。

「そう。おばあちゃん家とか行ってる他の子が帰ってくるまでね。ナナカは優しいからさ、二つ返事で手伝ってくれたよ。ナナカは私と違って背も低くて、可愛いし、サッカー部のみんなもいつもより元気になってさ。そのときは、やれやれ男子は…でもやる気出るならいっか!ぐらいにしか思わなかったんだけどね。けど、次第に気づいたんだ。大葉先輩がナナカに気を持ってること。」

「確かなのか?」

「うん。分かるよ。私も恋する女だよ?先輩の目にはナナカしか写ってなかった。先輩はよくナナカに話しかけていた。「ありがとう。」「助っ人助かる」って。そんなのただの建前で、ただ会話したいための言葉ってことはすぐ分かった。私はようやく話せるようになったばかりなのに。」

「……」

「他の先輩も言ってたの。多分大葉はあの子に惚れてるって…悔しかったな。そしてしんどかったな。私、ナナカのこと好きだったし。大切な友達だったもん。」

だった…か。

「ナナカはあんたのことが好きよ。」

「は?」

「いいよ、とぼけなくて。そんな鈍感じゃないでしょ?だから私は言ったの「ナナカは好きな人がいるんですよ」って、何気なく先輩に。実際、好きな人がいるのに他の男に気を持たれるのは、ナナカも嫌じゃない?いや、これは言い訳か。私はそれで先輩に諦めてほしかったんだ。けど、「付き合ってはないんだろ?」だってさ。ほら、先輩ってサッカー部のエースだし、チャンスがあれば全力で取り組むってタイプなの。だから好きなんだけど。…それは恋愛に対してもそうだった。」

「そう…か。」

鈴木は歩いては立ち止まり、黒板や教室に張っているチラシとかを見ている。俺に顔を見せないように。

「ナナカに言ったの。いいかげん、直人と付き合えば?って。けど、「いや、そんなんじゃないよ!」とか、「ナオトも困るよ!」ってさ。誰が見ても両思いなのに…、ぐちぐちと。そういうとこは正直昔から腹立ってたの。あんたにもね。嫌いとまではいかないけど。」

「……」

いつもいじってると思っていたのは本心だったのか。俺は鈴木の言葉をきちんと受け止めてなかったのかもしれない。

「昨日話したじゃん。昔あんたと喧嘩したって。ナナカを取り合って。あの時も私はナナカを好きだったのに、ナナカはあんたを好きでさ…」

「でも、その好きは…」

「うん。今思えば恋愛的な好きとは違うよ。私は同性にそういう気持ち抱かないし。けど、子供の時の好きってそういうの適当じゃん?ラーメンとかハンバーグが好きっていうのと同じ感じに○○ちゃんが好きーとか言ってたじゃん。」

「そうだな。」

相づちを打つことしかできない。

「…脱線しちゃったね。そういうわけで大好きな先輩が取られちゃったんだ。けどね。さっきも言ったけど、それだけでナナカを嫌いにはなれないよ。昔からの友達だもん。けど、積み重ねって言うのかな。塵も積もれば山となる。この事は一つの塵に過ぎなかったんだ。大きな塵だったけどね。…それでさ、今度は私ナナカに言ったの「私実は大葉先輩が好きなんだ」って。ナナカは当然応援してくれたよ。あの子は自分が好かれてるなんて微塵も知らないし。けどそれを知ってから、なるべく先輩と話す時間を短くするようにしてくれたんだ。ナナカは言わなかったけど、私には分かる。気を遣ってくれてるんだって。ナナカは「美香子は可愛いよ!」、「かっこよくもあるし、頑張れ!」っていっぱい応援してくれた。あんたのせいで悩んでるのにね。」

鈴木は手を強く握りしめた。

「分かってる。こんなのひどい嫉妬だって。だって、ナナカは悪くないじゃん。まあ、さっさとあんたらが付き合ってくれれば先輩も諦めただろうけどさ。……まだ、嫌いにはなれなかった。」

「……」

「あんたも悪いからね。」

「!」

「決定打は、あんたらと久しぶりに遊んだときだった。」

「……夏休みに三人で遊園地に行ったときか?」

鈴木は頷いた。

「部活の時にね。ナナカが「久しぶりに三人で遊ばない?」って。私もあの頃の気持ちに戻って三人で遊べば、このモヤモヤした気持ちも、積もった塵も吹き飛ぶかなって。けどダメだった。」

「……」

「あんたと久々にあったとき、鈴木って呼んだよね。私のこと。」

「!!…ああ、」

「昔はミカコって呼んでくれたのにね。ナナカもだよ。昔より堅苦しい感じでさ「美香子」って。マネージャー手伝ってくれたときからうっすら違和感があったけど、そのとき分かった。昔みたいな「ミカコ」とは違うって。どこが距離があった。二人とも私を置いて遠くに行っちゃったんだ。」

「それは……ごめん。高校生になって、クラスが別になってさ…何て言うか久しぶりにきちんと話すときに、なんか恥ずかしいというか…何て言うか…」

「分かってる。二人とも悪意があったわけじゃない。大人になるにつれ呼び方が変わるなんてよくあること。けど、それで塵は積もった。」

「そうか…」

「二人は今も仲良くお互いを呼びあっている。私も同じように呼びたかったけどさ、やっぱ距離ができちゃったね。特にあんたの名前を呼ぶときは。ごめんね。」

確かに昔はもっと柔らかく「ナオト」と呼んでくれていた気がする。

「二人の仲はさらに縮まって、私との距離は離れて、そのくせナナカは私の大切な人を奪っていくんだ。」

そうか……俺も、俺も悪かったんだ。大切な友達なはずなのに。俺は自分が周りを見れている人間だと思っていた。けどそんなことはなく、一番見るべき周りを見れてなかった。

「昨日、ナナカは私に言ったよね。「美香子はかっこいいよ!女の子らしいと関係ないよ!」って……違うよ。私はかっこよくなりたいんじゃないよ!女の子らしくなりたいよ!ナナカに!そんなこと分かるわけないんだ!だってこんなにも遠いんだもん。」

気づけば、鈴木はこちらに顔を向けていて、涙を流していた。

「分かってる!分かってるの!全部嫉妬!二人だけがうまくいってるのに嫉妬してるだけ!けど、けど、そうやって割りきれないの!嫌い!大嫌い!好きな人を奪って!距離を置いて!あのとき!昨日、ナナカが尻餅をついたとき!私が手を伸ばさなかったのはっ!もう、この手を握ってくれないと思ったからっ!もう届かないところに行ったって思ったからっ!!」

自分の頬を熱いものが流れる。胸がいたい。じんじん痛む。鈴木の声が脳まで響く。

「嫌いよ…ナナカも、自分もっ!」

「鈴木…」

「ほらまた鈴木じゃん!………私ね、今日先輩に告白しようと思うの。振られるだろうけど…いっそのことね。」

「!」

彼女の目から光が消えた。駄目だ。このままだと駄目だ。最悪の推理通りになる。最悪の推理……鈴木がーーミカコがナナカを殺す。ナナカが言った犯人像、短髪で身長は175センチぐらい、コートを着ていてがたいはよさげ。ミカコは身長は申し分ない。コートを着ればがたいも誤魔化せるだろう。短髪なのは…失恋して髪を切ったと考えれば……!それだけは止めなければならない。先輩に振られ、彼の思い人がナナカだと確証を得れば、ミカコは自暴自棄になるかもしれない。

「ミカコっ!」

「!」

俺はミカコの手を握った。強く握った。

「なによ……今さら。ミカコって…」

「ごめん…距離を取って…」

「…」

「ごめん…!呼び方を変えて…」

「…」

「ごめん……!探偵部に誘わなくて…ずっと、一人にして…」

「今さら過ぎるわよ……」

ミカコは震えている。目の光は戻らない。俺じゃ駄目だ。俺一人じゃ…

「ミカコ!」

「!」

俺とミカコは思わず、教室の扉に目をやった。そこには…

「ナオト……ミカコ…!」

ナナカがいた。彼女もまた涙を流し、手を震わせながらそこに立っていた。


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