第7話 嫌い
俺とナナカは家が隣で、幼稚園いや、それより前から家族ぐるみで仲がよかった。そんな俺らが鈴木と出会ったのは小学校には行ってからだ。鈴木は男勝りの性格で、よく小さい傷が身体中にできていた。よく鼻につけていた絆創膏は一種のトレードマークとも言えただろう。俺は始めこういう子とは関わらないと思っていた。ってか、関わりたくなかった。俺は教室でナナカたちとトランプとかけん玉とかそういうのをするのが好きだったし、休み時間に入ると真っ先にボールを持って校庭へ飛び出していく鈴木は真逆の存在だと感じていた。でもある日の体育の時間でドッチボールがあり、俺とナナカそして鈴木は同じチームになった。俺はボールに当たるのが嫌で初めから外野に立候補し、ただ試合を眺めていた。そとに飛んできたボールも、軽くチームの方へパスするように投げることしかしなかった。ただ、普段ボールなんて投げない俺の球はあまりにも弱く、自陣に届く前に敵に取られてしまっていた。当然味方からは文句がとぶ。
「おい~へたくそ~!」
けど彼女は、
「うるさい!なかまをいじめるな!とって、あてるよ!」
その時、鈴木はいいやつなんだと思った。子供ながらに気を遣える。それは今考えても立派だ。その後、ドッチボールが進み、こっちチームがあとナナカと鈴木だけになったとき、相手の男子が全力でナナカを狙ってボールを投げてきたのだ。
「あぶない!」
鈴木は前に出てナナカを守ったのだ。ボールは思いっきり鈴木の顔面に当たり、鼻血がぶーと吹き出した。
「大丈夫か!?」
すぐさま先生が駆けつけドッチボールは一旦中止になった。ナナカは涙目になって鈴木に声をかけた。
「だいじょうぶ?ごめん…」
「なんであんたがあやまるの?ってか、なんでないてるの?」
「ごめん…」
「あーもー!わたしチョーいたいけど、ないてないよ!だからなくな!」
「うう、ごめんね…」
ナナカは目を擦って涙を拭った。
「あやまるな!ごめんよりありがとうって、ゆってほしい!」
「!…うん。ありがとう!」
「へへ…」
鈴木は鼻血を流していて、服も土で汚れている。けど、すごくかっこよく感じた。それ以降俺らは関わるようになっていった。鈴木は案外トランプとかにも付き合ってくれた。すぐ顔に出るからババ抜きとかは弱かったけど、神経衰弱は結構強かった。そして、俺らも鈴木の影響で外に遊ぶことも増えた。足は遅いし、運動神経は悪いけど、思いっきり走ったり、体を動かすのはすごく楽しかった。それはナナカも同じだった。
「わたしたちずっと、ともだちだからね!だいすき!」
帰り道の方向も同じだったから、よく三人で帰った。気づけば友達の仲でもこの二人は特別仲良くなっていた。そのまま、中学校も一緒に進み、友達であり続けた。
「二人、その高校受けるの?やべー私、勉強しなきゃじゃん!」
「あんま無理して同じとこ狙わなくてもいいんだぞ。」
「な~に~!私を省く気か!あっ、そうか!二人きりになりたいのねえ~」
「そんなんじゃねえ!」
「そんなんじゃないよ!」
俺らは同時に否定した。
「ほら息ぴったりじゃん!」
そういや、鈴木がこういういじりをし始めたのは中学からだったかな。
「私が勉強教えてあげるよ!ミカコ!一緒に行こ!」
「うん!あんがと!大好き!」
昔はこうやって笑いあっていた。高校に入ると鈴木とはクラスが離れてしまって、少し関わりが減ってしまった。ただ、二年生になり同じクラスになってからは、前ほどではないにしろよく話す関係に戻った。笑いあえる関係に。今もそうだと思いたい。そしてはっきりさせたい。これからも笑いあっていたいから!
「私が…ナナカを嫌い?」
鈴木は軽く微笑んでいった。
「そんなわけないじゃん。長い付き合いだよ?」
鈴木は作ったような笑顔で言う。
「高校だって、勉強して一緒のとこに来たんだし!」
彼女の瞳は笑っていない。
「それに……」
鈴木は顔を下に向けた。
「……どーして、そう思ったの?」
「……口癖。」
「口癖?」
「鈴木はよく「好き」って言葉を使うよな。友達や家族に対して。」
「うん!だってみんな好きだもん。」
「ああ、お前はいつも真っ直ぐで思った気持ちを口に出すからな。いいことだよ。」
「なに急に誉め出して…」
「それでいて、相手を傷つける言葉は言わないように心に閉じ込めるんだ。だから、分かったんだ。」
「なに言って…」
「ここ最近、お前がナナカに「好き」と言ったのを聞いていない。正直だからこそ、嫌いに思っているからこそ言わなかったんだろ?」
「!! 考えすぎよ…」
「俺にも、サッカー部の奴らにも言っている。けど、ナナカには…。さっきもナナカのことを嫌いじゃないと否定するとき、「長い付き合いだから」と言った。「好き」だからじゃない。」
「そんなの…」
「俺も偶々言ってないだけだと思った。けど昨日、ナナカがお前の背中に捕まったとき、結構強く振り払ったよな?尻餅つくぐらいに。」
「あれは突然で、ビックリして…」
「いつもなら手を伸ばして、ナナカを助けていたのにしなかったし、謝りもしてなかった。」
「だから、考えすぎだって!」
バンっと近くにあった机を叩いた。
「そんなこと……!あんた…なんで、そんな悲しい顔をしてるの?」
鈴木がそういうならそんな顔をしているんだろう。俺も案外顔に出やすいのかもな。
「考えすぎ…か、そうならいいんだ。そうでいいんだ。」
明確な証拠があるわけではない。俺の思い過ごしならそれでいい。そうであってほしい。
「けど、はっきりさせたいんだ。」
「直人…」
「鈴木は、大葉先輩が好きって言ったよな?俺らへのとは違い恋愛的に。」
「うん。」
「お前…知ってたんじゃないか?大葉先輩に好きな人がいること。そしてそれが……ナナカだって。」
「!!」
「あの時、大葉先輩がゴールを決めてこっちを見た時、笑顔を見せた時、あれはナナカに向けてなんじゃないか?」
これも証拠があるわけではない。あるのは不確かな根拠。もし鈴木がナナカのことを嫌いなら、もし時おり見せるナナカへの暗い顔が本当なら、これしかない。
「……」
「なんでっ…」
否定しないんだよ。してくれ。単なる妄想だって。俺の勘違いだって。俺の思いついてしまった最悪の推理を消してくれ。
「なんであんた……泣いてんのよ。」
「……うっ、」
「長い付き合いは伊達じゃないわね。」
「!」
悪寒がする。
「そうよ。私はナナカが嫌い。大っ嫌い。」
「!!」
最悪の推理が少しずつ現実味を帯びた。
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