第6話 試合

太陽が煌めく。セミこそまだ鳴いてはいないが去年よりも暑く感じる。周りからは声援が聞こえ、俺も時おり声を出す。なんやかんや見てみると盛り上がると言うものだ。

「がんばれー!橋本くーん!」

ナナカも隣で応援している。汗を垂らし、時には服をパタパタさせながら。

「こら、えろ直人!応援に来たんじゃないの!ジーとナナカのことばっか見て!」

「は?なに言って?」

鈴木は俺らの前に立ってそんなことを言う。彼女はマネージャーだけあって、人一倍応援している。タオルを首にかけ、練習試合の広告のチラシを巻いて、手で叩いて声援を送っている。

「いけーいけー!橋本!がんばー!大好きー!がんばー!」

パン、パン、とチラシを叩く音がする。相変わらず、好きを連呼するなあ。きっと指摘したら、「好きじゃない奴らがいる部活のマネージャーなんかするか!」って返ってくるんだろうな。

「あっ!大葉先輩!好き!決めて!」

大葉先輩…素人の俺がみてもその人がボールを手にした瞬間雰囲気が変わったのが分かる。大葉先輩は、橋本からのパスを受けとると、一人二人と相手選手を抜き、キーパーの隙間を狙って鋭いシュートを打った!

「ゴーーール!!」

その瞬間ワーーっと周りが盛り上がる。

「すげぇ!」

思わず俺も声が出る。

「先輩さすが~!」

鈴木のその声に反応したのか、先輩はこちらをチラリと見て笑った。

「おっ、先輩が目を合わしてくれたじゃん!やったな、鈴木!」

声援でかき消されてその声が聞こえなかったのか、俺の言葉への返事は帰ってこなかった。その後も熱い試合は続き、俺らのチームは勝利することができた。


時刻は6時前。俺らは校門へ続く廊下に立っていた。すでに教室は消灯していて、廊下は夕日で赤く染まっている。

「ごめんね!待たせて!行こか!」

鈴木は備品整理の仕事を終えて俺らのもとへ来た。マネージャーというのも大変なんだな。

「いやー結構面白かったね!美香子!」

「ん?…そうね!」

「確かに大葉先輩はかっこよかったしな!」

「でしょ!でしょ!すごかったでしょ!」

「うん、かっこよかったね!」

ナナカのその返事はきっとそれ以上の意味を持たないんだろうが、少しなんか、もやっとした。

「ん…まあ、二人が楽しんでくれてよかった。来ると思ってなかったし。最近よく部室行ってるじゃん?」

そういう鈴木の顔には疲れが見られる。あんだけ声を出して応援してたんだ。当然だろう。

「うん!息抜きでね!楽しかったよ!また行こうかな!……美香子?」

「……ん?ああ、ごめん!疲れがドッときてね!また来てね!次は八月だから!」

八月……事件より後だ。もし事件が起きてしまったらナナカは……

「おっけー!行くね!ね?ナオトも行くよね!」

彼女はまっすぐな瞳で俺に聞く。ああ、そうだ。

「行くよ。」

行くに決まってる。行かせるに決まってる!

「いやー、にしても懐かしいね!三人で帰るの!」

ナナカは楽しそうに言う。確かに昔は…小学生の時はよく三人で帰っていたな。

「こうやって三人でさ。夕方まで校庭で遊んで…夕日に照らされながら…帰ったよね…」

ナナカがそんなことを言い出す。昔は夕日に感動することなんてほとんどなかったな。もう一日が終わりか、ぐらいにしか感じなかった。

「どうした?急にしみじみして、お前らしくないぞ。」

「失礼な!」

ナナカは俺に軽くチョップをかました。

「あーあ!昔は簡単に頭に届いたのにな。気づけば身長差ができたね。」

「そうだな。」

「あはは、確かにナナカは小さいもんね!昔は私と同じぐらいだったのに!」

鈴木は身長を見比べながら言う。

「そうだな。鈴木は結構背高いよな。俺と同じくらいか?」

「うん!170ちょいかな?」

そうか、鈴木も案外背が高いんだな。…背が?

「どしたの?じっと見て?」

「いや、なにも…」

まさかな。鈴木は昔からの仲だ。友達だ。小さいころから男勝りの性格で、ナナカにちょっかいをかける男子から守ってもくれていた。そんな長い付き合いなんだ。いや、長い付き合いだからこそ…?

「うーん。私も牛乳飲みまくったら美香子超せるかな?ぐーーんって身長伸びてさ!」

そう言ってナナカは腕を点に向けて伸ばした。

「いいのよ。ナナカは…低い方が女子っぽいし…」

「美香子?」

「覚えてる?小学三年くらいの時かな?私が直人と喧嘩したの?」

「えっ、俺が?」

「うん。私が、ナナカと結婚する!って言い出したらさ、あんたがナナカは俺のだ!って。」

「は?そんな喧嘩したか?」

自分の顔が赤くなっているのが見なくても分かる。幼いながらそんな言い合いしたのか?今になって恥ずかしい。

「それで殴りあいの喧嘩さ。といっても直人は喧嘩とかする柄じゃなかったからね。一方的に私が攻撃してただけだけど。」

「ひどいな。」

「あはは、それでどうなったの?」

ナナカも覚えていないようで、鈴木に聞いた。

「まあ、当然私の勝ちだよね。けど、試合に勝って勝負に負けたって言うの?ナナカは暴力嫌いって言ってさ……私ふられたんだよね。」

「そっか…」

「まあ、子供の戯れだよね。次の日にはそんなこと忘れてまた三人で仲良く遊んでた気がするよ。あん時はごめんね、直人。」

「ああ、覚えてないけど。」

にしても女子に喧嘩で負けたのか。鈴木は俺がそういう柄じゃないと言ったが、子供の時の俺なんて弱いから喧嘩しなかっただけに過ぎなかったんだろうけどな。普通にヒーローとかに憧れて、悪役をバンバンやっつけることを夢見てたし。

「そう思うと…あの頃から私は女の子らしくなかったんだなって…」

「美香子……おりゃ!」

「えっ、ちょっ!」

ナナカは鈴木の後ろにまわって、背中に乗っかかった。ただ力の弱いナナカはすぐさま振り払われ、地面にどしんと尻餅をついた。

「いてて…」

「大丈夫!?もうー!いきなりどうしたの?」

「だって、美香子が暗いこと言うから…私も美香子もそういうの似合わないじゃん!」

「ナナカ…」

「美香子はすごくかっこいいよ!女の子らしいとかそんなの関係ないよ!応援だってみんなより大きな声だったし、きっとサッカー部のみんなも一番元気もらってるよ!」

「そうだな。橋本もこの前、お前の応援が一番やる気出るって言ってたぜ。」

「……二人ともありがと。」

そういうと鈴木は、んーっと背筋を伸ばした。俺らに顔を見せないように後ろを向いて。夕日に照らされ影になっている背中が、普段より暗く感じる。

「大丈夫か?ナナカ?」

俺は尻餅ついてるナナカに手を伸ばす。ナナカはその手を取り、よいしょと立ち上がると、お尻をパンっとはたく。

「えへへ、ありがと。昔はよくこんな風に美香子に立ち上げてもらったっけ?」

そうだ…昔はよく、鈴木が手を伸ばしていた。昔からドジなナナカはよく転んでいたから。鈴木の走りについていけなくて、つまづいて転んでいた。その度に鈴木は手を伸ばしていた。そうだ…そんな鈴木を俺は昔から好きだったんだ。もちろん鈴木がよく言う「好き」と同じ好きだが。憧れというか…かっこいいと思っていた。本気でナナカを取られるんじゃないかって、嫉妬していたこともあった気がする。取られるって俺のものでもないのにな。

「ほら、校門しまっちゃうよ!走ろ!」

俺らは鈴木に連れられ走って門をくぐった。俺はこの時をなんだかとても楽しく感じた。走ってるときに感じた風は懐かしさを帯びていた。今日を除いてあと四日で、ナナカは殺されるかもしれない。けどこうやって三人でいる時間がすごく…すごくよく感じたんだ。暖かくて、優しくて、それでいて刺激的で。いつまでもこの時間が続くよう願ったんだ。だからこそ……はっきりさせなきゃならない。



早朝…教室には二人しかいない。昨日と同じ、俺と鈴木だ。普段は休みのこの日に制服で外に出ることは親にも不思議がられた。少しの恥ずかしさもあった。まるで登校日を間違えたみたいな。

「どしたの?また朝早くに。せっかくの土曜日が潰れるよ?にしてもあっつー」

彼女は暑さに耐えかねて窓を開けつつ、そう話した。俺も窓を開けるのを手伝った。

「悪いな。鈴木はこの後サッカー部に行くだろ?学校の方が都合いいかなって。」

「それはそうだけど…あんたは?わざわざ学校来てまでしたいことがあるの?あっ、調査のこと?昨日は試合があったしまだ…」

「それじゃない。お前のことだ。」

「!……なに告白ぅ?二股は許せませんなぁ~」

「………」

俺の沈黙を聞いたなにかを察したのか鈴木は口を閉じ、真剣な眼差しを向けた。風が吹き、カーテンが揺れる。汗を冷やして、涼しくなる。こうやって真っ向と鈴木と話すのはいつぶりだろうか?もしかしたら始めてかもしれない。心臓の音が聞こえる。まさか、鈴木との会話で緊張することがあるなんてな。…きっとそれは向こうも同じだ。

「鈴木……」

「…」

「お前、ナナカのこと嫌いだろ。」

ビューっと強い風が教室を襲い、カーテンが一瞬鈴木の姿を覆い隠した。


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