第5話 シークレットミッション

今朝ナナカから送られてきたノートの写真には、聞き込みの結果が詳しく記されていた。未来の俺たちは二日にかけて調査をしていたらしく、これで大分時間の短縮になる。主な聞き込み対象は、ナナカと同じクラスになったことのある人やその周りの人間だ。聞き込みといっても犯人がどこかにいるかもしれない以上、大っぴらにするわけにはいかない。そのため休み時間などに何気なく尋ねて情報を集めていた。未来のことなのに「いた」などと過去形を使うのは不思議な感じはする。結果として怪しいと考えられる人物は十人ほどあげられた。その中にはバレー部の佐藤や、前に大きく転んだ橋本もいた。たいてい体つきがよく、短髪で、身長の高いやつを抜粋している。ようはナナカの言っていた犯人像に当てはまりそうな奴らだ。ただどの人物もナナカへの恨みや動機はあるようには思えないため、更なる調査は必要である。そのために俺は朝早く誰も教室にいない時間にある人物を呼んだ。

「なに?こんな早くに呼んで?いいの?彼女さん怒っちゃうよ~?」

「彼女じゃねえ。」

友達の『鈴木 美香子』だ。彼女は昔から…小学校からの仲だし信頼できるだろう。

「少し頼みたいことがあってな。」

「頼みたいこと?」

「いわば、シークレットミッションだな。」

その言葉を聞いて彼女は目を煌めかせた。やはり予想通り食いついた!こういう横文字の響きに彼女は弱い。

「なになに!秘密事!?」

「ああ、」

俺はそういうと一切れの紙を取り出した。そこには先ほど挙げた人物の一部の名前が書かれている。一部…というのは主に俺と関わりのない人物で、俺が話せる相手はなるべく自分で調査したいためだ。

「なにこれ?」

「そいつらについて調べてほしいんだ。」

「は?ストーカー?私、複数同時にストーカーするやつ始めてみたわ。」

「違げーよ。」

俺はやや声を小さくして言った。

「そいつらがナナカに対してなんか…悪いこととか思ってないか、調べてほしいんだ。」

「! ナナカに!?」

「ああ、」

「そんなみんないい人だと思うけど……私みんなのこと好きだし。」

「ああ、そうだな。」

「……深い事情があるの?」

「そうだ。お前にしか頼めない。」

鈴木の人柄は明るく、いろんな人に入り込みやすい。俺が調査するよりも効果的だろう。

「理由はまだ話せない。あと、ナナカにもこの事は話さないでほしい。」

ナナカには、こんな調査をしていることを知ってほしくない。人間不信になってほしくない…昨日はもう少し周りを疑えとは言ったが、やはり彼女に他人を疑うのは似合わない。ナナカは未来は自分視点で見えたと言っていた。俺がこっそり調査をしていてもばれないだろう。

「……」

彼女は俺のことをじっと見つめる。

「あーー!いいよ!分かったわ。本気なのね。古い付き合い、大好きなあんたのために受けてやるわよ!」

「大好きって…」

「友達としてね!みーんな大好きよ!なに勘違いしてんの?」

「してねーよ…」

こいつは昔から、好きが口癖だったな。

「第一、私がそういう好きを感じてるのは、大葉先輩だけなんだから!」

「あー、サッカーの?」

「そ!チョーかっこいいからね!」

鈴木はサッカー部のマネージャーをしている。大葉先輩というのはいわゆるエースというやつで、いくつかの大会の勝利にチームを導いているらしい。

「とりま、頼んだぞ!ナナカのためだ。」

「ん……」

「?」

鈴木が一瞬暗い顔をしたように見えた。…気のせいか?

「よーし!頑張るか!お駄賃としてジュースでもおごってね!じゃあ、私ちょっとトイレ!」

彼女は後ろで結った髪をなびかせて、教室から去っていった。…サッカー部かあ…


キーンコーンカーンコーン

一時間目の授業が終わり、休み時間に入る。俺はチラリとナナカと目を合わせた後、各々自分の友達のもとへ歩いていった。学校では部室以外で、事件の話をするのは避けることにしている。暗黙の了解というやつだ。といっても俺にはシークレットミッションがある。ナナカにばれないよう怪しい可能性のあるやつを探っておこう。

「おい、橋本。」

俺は一番前の席に座る橋本に話しかけた。

「なんだ?…テスト結果か?」

「そうだな。俺は8点だった。」

まずは軽く普通の雑談から。一昨日の抜き打ちテストの結果の話でもする。あの時、ナナカに抜き打ちテストがあると言われて軽く教科書を見返したからな。10点中8点と結構いい点を取れた。

「俺は見事に2点だぜ!」

「なんで自慢げなんだよ。」

俺は隣の空いている席に座りつつ言った。

「そういや、お前サッカー部だったよな。」

「ああ、急にどうした?」

「いや、鈴木から話を聞いてな。大葉先輩だっけ?すごいんだってな。」

「ああ!先輩はすげーぜ!足もはえーし、技術も一流!俺がドリブルしてたら、気づけば先輩のもとにボールがワープしてんだもんな!」

「はは、ワープて。」

「それに何より……モテる!」

「ためることかよ。」

「もうー!マネージャーはみんな先輩を見てキャーキャーだぜ!少しは俺を見てくれてもバチ当たんないって!」

橋本は心底残念そうに語る。こいつの人柄で、ナナカを恨むとは考えづらいよな。

「けど、先輩は好きな人がいるらしいぜ!」

「へー、そうなの?誰?」

「他の先輩に聞いたんだがよ、二年の誰からしい。」

「へー」

じゃあ、鈴木かもしれないのか。よかったな、鈴木。

「せっかくだし、今日見に来いよ!練習試合あるんだ!どうせ暇だろ?」

「暇って…部活が、」

「どうせババ抜きしてるだけだろ?それともあれか?七瀬との時間を邪魔されたくないのか?お?」

「うるせえ、ちげーよ!」

「じゃ!暇だな!来いよ!放課後すぐだ!」

「は?ちょっ、」

「ほらほら、次の授業が始まるぜ!」

「くっ…」

なんかいいように流されてしまった。だかまあ息抜きも……してる暇あるか?俺が席に戻ると隣では既にナナカが席に着いていた。

「ナナカ悪い。放課後サッカー部の試合見に行くことになった。もしあれなら断って…」

「いいじゃん!」

ナナカは明るく答える。

「息抜きもいるよ!暗いことばっか考えてもだし!調査のカットで余裕できたしね!」

彼女はえくぼをつくって笑った。サッカーの試合…もしかしたらなんかのヒントになるかもしれないしな。……ならないか。

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