第2話 図書室

俺は図書室の扉を開ける前に、ポケットから携帯をとりだし電源をつけた。時間を確認するためだ。俺は腕時計をつけるのがなんか嫌で時間を確認する際はスマホを見ることにしている。確認した時刻は4時36分。その際チラリと今日の日付も見えた。七月七日……一週間後七月十四日にナナカは殺される…。俺は不吉な考えを追い払うようにスマホをしまい、扉を開けた。

「あっ、直人くん。」

黒渕の眼鏡におさげの女子、図書委員の『岡村おかむら しおり』だ。胸元に本を二冊抱えている。クラスは違うが俺と同じく二年生で、部室がとなりにあるだけあって何度か面識がある。

「こんにちは、岡村さん。」

彼女の身長は俺より低い…小柄な体型だし、犯人ではないか。いや、コートでがたいは誤魔化せるし、厚底の靴を履けば身長もあげれるか。髪も切れば……こんなことを言い始めたら全員容疑者か。

「?どうしたの?なんか悩んでるみたいだけど…」

「いや、なんでもない。ちょっと調べものしに来てて。」

「なに調べるの?」

「女神像。中庭にあるだろ?あれを調べたくてね。」

「女神像?どうして?」

「んー、なんとなく?」

ナナカが超能力を授かったから何て言えるか。

「そう。だったら私少し詳しいよ。調べたことあるし。」

「そうなの?じゃあ、是非教えてほしい。あっ、仕事の邪魔か?」

「ううん。図書委員って案外暇だし。ほら、こっち座って!今人少ないし、小声で話す分には大丈夫だよ。」

「ああ。」

彼女は近くの椅子に座り、机の上に抱えていた本を置いた。

「それで、どういうことを知りたいの?」

「そうだな……言い伝えとか?あの女神像、謎に祈る文化があるだろ?悩みごととかあるとき。何でなんだろうって。」

「そのことね。私も気になって結構調べたんだ。去年かな…ああ、私の話はいいか。あの像ね、女神像っていわれてるけど、女神を模した訳じゃないらしいんだ。」

「女神じゃない?」

「うん。いや、ある種女神なんだけどね。」

「???」

「ふふ、そんな首をかしげないで。ちゃんと説明するね。あの像は、学校ができたとき、彫刻家の『岩堀いわほり』さんっていう人が作ったらしいんだ。自分の愛する妻をモチーフにね。」

「妻を?」

「うん。すごい愛妻家だったらしくてね。モチーフは妻だけど、タイトルは『愛』なんだよ。よーく見たら像の足元にかいてあるけど。岩堀さんは妻を深く愛し、まるで自分にとっての女神としてこの像を作ったの。」

「なるほど…比喩的な女神だった訳か。でもそれがどうして、みんなが祈る対象に?てか、そもそもなんでこの学校にそんな像を?」

「うーん、一つずつ説明するね。まず、この学校の初代校長と岩堀夫婦は親友だったらしいの。それで像を作ることになった。けど、学校ができる前に奥さんは亡くなった。」

「だから、そのショックから自分の妻を模した像を作ったのか。」

「理由はそれだけじゃなくてね、その奥さんは先生をしていたらしいの。とても子ども思いで、立派な先生。学校ができたらここでも教鞭を取る予定だったらしい。そんな性格から学校に作る像としてふさわしいとされたんだね。」

「生徒思いの先生……そんな立派な人がもとの像だから、お祈りする人が出てきたのか。」

「きっとそう。初めは、初代校長…この先学校が上手くいくこと、生徒を見守ってくれること…これらを祈ったらしいの。そして岩堀さんももう一度君に会いたいと悲しい思いを祈ったんだって。そんな二人の姿を見て、他の先生方も生徒の無事とかを祈るようになり、さらにその姿を見て、生徒がいろんなことを祈るようになった。」

「それが今の今まで続いてきたのか…たしか学校ができたのって百年前とかだったよな?」

「うん!今年で百年目。記念すべき年なんだよ。」

「そうだったんだ…」

百周年…そんな記念すべき年だからこそナナカは力を授かったのか?

「岡村さんは、女神像から…その、不思議な力を手にいれるとか、聞いたことある?」

「なにそれ?」

「いや、知らないならいいよ!」

俺は少し恥ずかしくなった。こんな話、可笑しいに決まっている。特に真面目そうな彼女が信じるはずもない…が、彼女は腕を組み、なにか考え始めた。しばらく沈黙が続き、時計のチクタクという音が明確に聞こえる。チク、タク、…耳を澄ませば誰かが本をめくる音も聞こえる。小さくこしょこしょ話をしている声も。図書室には何度か来たことがあるが、こんなに静かに感じたことはなかった。どうしてだろうか?きっといつも以上に集中しているからだ。ずっと、脳の中でいろんな考えが巡っている。

「そういえば、」

彼女は口を開き、沈黙を破った。

「岩堀さんは像を作ったときこんな言葉を残していたはず…「愛は小説より奇なり」。事実は小説より奇なりのオマージュかな?なんかいい言葉だよね!」

「ああ…なんかいいな。」

事実は小説より奇なり…現実で起きる出来事は、時おり小説で起こるような不思議な物事を越えることがある。もし、岩堀さんの言葉がこれのオマージュならば、愛は小説以上の出来事を及ぼすということか?例えば…超能力とか?じゃあ、ナナカは愛であの力を手にしたのか?愛……なんか胸がモヤモヤする。

「えっと、ちょっと待っててね。」

俺が考え事をしていると、岡村さんは突然立ち上がり、本棚の方へ歩きだした。岡村さんが向かったコーナーは「学校」と書かれていた。彼女はそこから一冊の本を取り出して、俺の方へ戻ってきた。

「どうぞ!この本にいろいろ書いてたの。私が今話したこととか!私が読んだの結構前だし、本格的に知りたいならこの本読んだ方がいいよ!」

「あっ、ありがとう。」

岡村さんが渡してくれた本は、どうやらこの学校建設についてのものだった。目次を見るかんじ、建設に至った経緯や初代校長について、そして例の像について書かれている。

「ありがとう、少し読んでみるよ。」

「ふふ、どういたしまして。なんか質問があったらまた聞いてね。私はちょっと、本の整理を任されてたのを思い出してね。」

「うん、頑張って。」

俺は軽く頭を下げると、彼女は笑顔で返事をした。岡村さんは本当に本が好きなんだな。図書室の本全て読んでるんじゃないか?…にしても今ごろナナカは何をしているのだろう。像の写真を撮るだけなら、そんなに時間かからない気もするけど…


気づくと時計は5時45分を指していた。本の内容は大体岡村さんに聞いたものと変わらなかったが、確証が取れた。すでに彼女は仕事を終えていて図書室を去っているようだった。そういえば、バイバイと言われた気がしなくもない。残っているのは俺と、戸締まりをする先生だけ。俺は軽く会釈して図書室を出た。そして、そのまま隣の部室に戻った。

「お疲れ!どうだった?」

中にはナナカがいた。

「ああ、いろいろ知れたよ。ナナカはすでに未来読んでいて、ある程度分かってるんだっけ?」

「うん!けど、昼休みに一気に未来を見たからね。私の脳のキャパじゃ完全に覚えてくのは厳しいよ。だから、一応教えてね!私も教えるから。」

「教えるって…写真撮っただけじゃないの?」

「ああ、写真ね?メールで送っとく。」

そういうと彼女はスマホを取り出し、俺に写真を送った。

「しっかりしろよ……殺されるのお前なんだぜ…」

俺はそんなことをいいつつ、送られた写真を確認した。女神像の写真、灰色の石でできた像で、足元には確かに「愛」と掘られていた。所々小さなひびや、苔が生えており、年期を感じさせる。

「えへへ、ちょっとそれ以上の出来事があったからね。写真撮ったこと忘れてた。」

「それ以上?」

「うん。管理人さん分かる?」

管理人……学校の備品の管理とか、修理とかをしてくれる人だ。

「その中に一人独特な人がいるじゃん?」

「ん?…ああ、いたな。」

たしか主にあの像の管理をしている人だ。芸術家かなんかでもあって、すごく強いキャラクターをしている。背は高く、髪は赤や金色が入っていて結構派手で、テンションもすごい。……そう考えたら、あの人はよく管理人になれたな。

「その人に捕まっちゃってね。いろんな話をされたの。」

「話か…大変そうだなお前も。」

「うん。けど、結構役に立ちそうだったよ。」

「そうか……そういえばその人、名前なんだっけ?」

「えっと、キャラが強すぎて名前すぐ忘れちゃうんだよね…結構がっしりした名前だったはず。意外にも。うーーん。石?岩?そうだ!岩堀さんだ!」

「!!」

岩堀!女神像を作った人と同じ!

「もしかしてその人、女神像の作者の子どもか!?」

「えっ、よく分かったね!そっか、本に載ってたのか!けど惜しいよ!おじいちゃん!」

あの像の作者の孫…その話、確かにこれは重要そうだ。

「とりあえず、もう部室を閉める時間だから、帰り道で話すね!」

そういって彼女は窓を閉め、電気を消した。


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