物置の西瓜
もっぷす
軒下
ずっと私を可愛がってくれたおばあちゃんが最近亡くなり、母方の実家で物置の片付けをしていたときに、幼少の頃の不思議な出来事を思い出しました。なんだかすっきりしない話で、あまり人に話すことはなかったのですが、これもひとつの思い出ではあるのでちょっとお話させてください。
私が小学校に上がるか上がらないかぐらいの頃です。私の家では母方の実家によく遊びに行っていました。母方の実家は田舎の山間で、近くには小さい寂れた神社がありました。私はよく近所の子とその神社の境内で鬼ごっこや缶蹴りなどをして遊んでいました。神主さんともたまに挨拶をすることがあって、年齢はそこそこいっていて穏やかな優しいおじさんという感じの方でした。
ある日、境内で遊んでいると突然雨が降ってきたんですね。降ってきてしばらく神社の軒下で雨宿りをしていたんですけど、どんどんどんどん雨脚は強くなっていきました。昼間は天気が良かったので傘も持ってきていなくて、帰れなくなってしまいました。その日は神主さんもどこかへ出かけていたみたいで、誰もいない神社で雨が止むのを待っていました。空を見上げて灰色の分厚い雲を見ながら「いったいいつやむんだろう」と雨宿りしていると、「何をしているの」と声をかけられました。声の方を見ると、女の人でした。白い服を着ており、年齢は二十歳か三十歳か、それくらいだったと思います。私はよくこの神社に来ていたので、遊びに来る子、たまにお参りに来る参拝客、散歩に来るお年寄りはだいたい知っている自信がありましたが、この女の人は初めて見る方でした。
神社には本殿の他にも小さな別の建物がありました。その女の人は、その中で雨宿りをするのがいいと言うんですね。私は彼女が神社の関係者、おそらく神主さんの娘さんか親族の方だろうと思いました。軒下が寒かったものですから、私はお言葉に甘えてそこで雨宿りをさせてもらうことにしました。以前神主さんから、そこは物置として使っていると聞いた記憶があります。
たしか鍵がかかっていたはずですが、女の人はガラッと戸を開け、中に入れてくれました。建物に入ると、物置と聞いていた割に、何もない四畳ほどの部屋だったので意外に思いました。幼い私の中で物置といえば、溢れんばかりに畑道具の置いてあるおばあちゃん家の物置だったからです。女の人は「座っていなさい」と言って、雨の中部屋から出ていきました。私は言われた通り、部屋の真ん中あたりにあぐらをかいて座りました。部屋を見回してみますが、装飾品も掛け軸も神事の道具も、何もありません。
しばらく経つと、また女の人が入ってきました。彼女の手には何か、ボウリング玉ぐらいの大きさのものが風呂敷に包まれていました。私は気になって「それは何?」と尋ねました。すると女の人は「西瓜。夜になったら開けましょうね」と言って、部屋の奥の方に持って行って戸棚の中に仕舞ったんですね。彼女の背中で戸棚の中は見えませんでした。それでそのまま部屋から出て行ってしまう。
座ってなさいと言われたし、時間を潰す遊び道具もない。雨は一向に止まなくて、古い建物なんで大雨の音がざあざあと部屋中に響いてたのを覚えています。あまりに退屈で、部屋の中をうろうろうろうろしていました。降りはじめたのが夕方あたり、そろそろ帰らないとまずいと思ったんですけど、傘があっても前が見えないくらいの大雨です。無理にでも帰ったほうがいいのか、少し雨脚が弱くなるのを待ったほうがいいのか、たいへん迷っていました。
結局そのまま、たぶん夜六時くらいだと思います、女の人がおにぎりを持ってまた小屋に来ました。「今日は止まないよ。泊まっていきなさい」っていうふうに言うんですね。幼い私は心細く、できれば帰りたかったので、雨が弱くなったら帰らせてもらうつもりでした。持ってきてもらったおにぎりをありがたくいただいたあと、やることもありませんでしたから、私はだんだんだんだん眠くなってきてしまいまして、いつの間にかウトウトしはじめていたようです。はっと気づくと、ずいぶん寝ていたような感じがします。時間的にはたぶんもう真夜中ぐらいになってたんじゃないかな。外は引き続き大雨が降っているようでした。田舎だったんで、街灯もほとんどなくて真っ暗で、もし止んだとしても今からは帰れないなと思っていました。
あきらめて朝まで寝ようと横になっているとですね、入り口の方からコンコンと戸を叩く音がしたんですね。私は女の人かなと思って戸のところに行って、ドアを開けてみます。すると不思議なことに、誰もいなかったんですね。私はちょっと顔を出して、辺りを見てみたんですけど、やっぱり誰もいない。気味が悪いなと思って、また中に戻って横になっていました。
そしたら今度はポタ、ポタ、と水が垂れるような音が聞こえてきたんですね。おそらく古い建物だったんで、どっかで雨漏りでもしてるのかなって思ったんですけど、いかんせん部屋の中は暗くてほとんど何も見えない。いちおう、音を頼りに近づいてみて、雨漏りだということを確認しようとしたんですね。不思議なことに、近づいたはずなのにもっと向こうからポタ、ポタ、っていう音が聞こえるんです。もうちょっと近づいてみても、やっぱりその先から音が聞こえて、どんどんどんどん追いかけていくと、結局部屋の端っこあたりから聞こえてきました。耳を澄ますと、戸棚の中から音がしているように感じます。雨漏りじゃない?
私はどうしても気になって、戸棚を開けてしまいました。そこには、女の人が西瓜だと言っていた風呂敷がありました。上の段に収まっているそれから、赤いどろりとした汁がポタポタとこぼれていたのです。西瓜の果汁でしょうか。割れて汁があふれてしまったのでしょうか。先ほどまでポタポタという音に気づかなかったのは雨音のせいでしょうか。私は気持ちが悪くなり、戸棚を閉めました。
私はいやになってしまい、小屋から出ようとしました。しかし、戸が開かなかったのです。ガタガタと押しても引いて開きません。「開かないよ」と声がしました。部屋にはだれもいません。私はますます力を込めて戸を引きますが開かない。ガタガタ、ガタガタとやっていると、ふとおかしなことに気づいたんですね。さっきまでしていた雨音が止んでいたんです。いつのまにか、しーんとしていた。不吉でしたね。いやな予感がしたら、うしろのほうから、コンコン。音がしたんです。ノックするような音。コンコン。また。どこからしてるんだ。コンコン。今度は右から。コンコン。次は左。私はもうすっかり怖くなってしまったんですが、戸が開きませんから逃げることもできない。
するとですね、突然、ぽとっ、と何か小さいものが落ちる音がしたんです。これが不思議なもので、これだけはいやな感じがまったくしなかったんですね。私は音のした辺りにあわてて駆けていきました。怖かったんで薄目で床を確認すると、何か落ちている。勇気を振り絞って薄目を開けてみるとですね、年季の入った紫色のお守りが落ちていたんです。当然さっきまでそんなものはありませんでしたし、天井を見ても外から投げ入れる隙間は見当たらない。一体このお守り、どこから落ちてきたんだろうと思ったんですけど、戸棚の水音も、開かない小屋の戸も、誰かのノックの音も、気味が悪くて心細かったわけですね。私はそのお守りを握りしめて、「神様助けてください」とお祈りしながら朝を待つしかありませんでした。「神様助けてください、神様助けてください、神様助けてください」
いつの間にか眠ってしまっていたようです。気を張っていたからなのか怖い夢を見まして、緑の蛇に追っかけられて、ぐねぐねした山道を延々と逃げるっていう夢を見たんですよ。もういやだ、助けて。
気がついたら夜は明けていまして、いつの間にか朝になっていたわけです。雨は止んでいるみたいで、代わりに聞こえたのが人の声でした。私の名前を呼ぶ声が聞こえたんですね。名前を呼んで探してるような感じでした。私は助かったと思いまして、小屋の戸に手をかけます。すると夜は開かなかったその戸が、あっさり開いたんです。ガラッと開けて、そっと外に顔を出してみると、神主さんとおばあちゃんとおかあさんが私を探しているようでした。神主さんが私を見つけて、慌てて駆け寄ってきて、「心配したよ。何してたんだ」というふうに尋ねるんですね。おばあちゃんとおかあさんも気づいて駆けつけてくれました。私はおかあさんに抱きついたと思います。
私は正直に昨日の出来事を話しました。遊んでいるうちに雨が降ってきて帰れなくなったこと。女の人に雨宿りしていきなさいと言われて小屋で雨宿りをしたこと。そうすると神主さんは驚いたような感じで、そんな人は知らないと言うんですね。「鍵がかかっているはずだけど」と言って、神主さんは戸の鍵穴を確認しました。特に壊されているようには見えなくて、「おかしいな。閉め忘れたかな」と首をかしげていました。それに、やはりここは物置として使っていて、子どもとはいえ横になるようなスペースはなかったと思うけどと中を覗きます。私も同じように中を覗くと、そこは祭事や農作業に使う道具であふれた物置で、私が昨夜過ごしたときとはまったく変わっていました。
私が見た女の人は、いったい誰だったのでしょうか。あの西瓜は本当に西瓜だったのでしょうか。私が夜を過ごした部屋は、本当にあの物置だったのでしょうか。結局わからないままで、皆さんもすっきりしないでしょうが、今でも神社や物置を見るとあの雨の音が聞こえるようで、この出来事を思い出すんです。
そうそう、私が握りしめていたお守りはいつの間にかなくなっていました。もしかするとあのお守りが守ってくれたんでしょうか。あのお守りがなかったら、私はいったいどうなっていたのか、ときどき考えてしまうのです。
物置の西瓜 もっぷす @Mopsaya521
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