第2話

犬の獣人をその場に残し、女商人の先導で奥へと進む。

奥の空間は外観からは想像もつかぬほど広く、空気は香と油の混じった濃い匂いに包まれていた。

薄暗い照明の下、商品――つまり人間や獣人たち――は、

用途や「ニーズ」に合わせて整然と並べられている。

首輪や腕輪で品目を示された者、

舞台に立たされ、体つきや所作を見せるためにゆっくり回る者、

そして目隠しや猿ぐつわをされ、声や視線すら封じられた者。

女商人は足を止め、扇で一人の少女を指した。

「こちらは教育課程を終えたばかり。礼儀作法から六ヶ国語まで習得済み。

 夜の相手にも、社交場の華にもなります」

さらに数歩進むと、檻の中から低く唸る声。

「こっちは戦闘用――腕一本でも充分価値がございます」

中には筋骨隆々とした獣人の青年が、鎖に繋がれたまま睨みを利かせていた。

女商人の声は艶を帯びているが、その目は一貫して計算高い光を湛えている。

「……さて、伯爵さま?

 本日のお好みは“芸術品”ですか? それとも“道具”ですか?」

「それとも――愛玩?」

女商人は扇をゆるりと閉じ、私の顔を下から覗き込んだ。

その微笑は艶やかでありながら、瞳の奥には冷たい計算が潜んでいる。

首筋を這う視線が、まるで獲物の呼吸の速さを測る蛇の舌のようだった。

「……あなたのような方には、扱い方を心得た子がよろしいでしょう」

そう囁きながら女商人は一歩近づき、香の香りを含んだ息が頬をかすめる。

奥の薄闇の中で、鉄格子に囲われた影が静かに動いた。

月明かりのような瞳を持つ小柄な影――

首にはまだ所有者の印が刻まれていない、真新しい革のチョーカーが掛けられている。

「この子などは……愛玩として極上です」

女商人はゆっくりと檻の鍵を外す音を響かせた。

まるで蛇が鎌首をもたげ、獲物を飲み込む前に匂いを確かめるように。

女商人は足を止めた。

そこにいたのは、引き締まった腰回りに、しかし不自然さのない曲線を描く双丘と豊満な臀部を備えた人間の雌。

肌は上質な絹のように滑らかで、灯りを受けてわずかに輝いている。

「……お目が高い」

女商人はわずかに唇を歪め、ゆっくりとその女の肩を撫でる。

「この子は戦場で捕らえられた貴族の娘。教育はすでに終えていますが、まだ誰にも抱かれておりません」

雌は俯きながらも、その伏せたまつ毛の下から鋭く観察するような視線を一瞬だけ寄こした。

その仕草に、どこか誇り高さの残滓が見える。

「腰は締まり、胸と尻は申し分なし。動きも柔らかい。

――愛玩でも、飾りでも、どちらにも向きます」

女商人はそう言いながら、わたくしの反応を探るように一歩引き、艶やかな笑みを浮かべた。

女商人は、わずかに顎をしゃくって雌に合図を送った。

言われるまま、雌は静かに足を開く。

ランプの光を受け、その間がぬらりと光った。

わずかに動いただけで、透明な滴が太ももを伝い、床に落ちる。

「……ご覧の通り、しっかりと"教育済み"でございます」

女商人は唇を吊り上げ、まるで自分の腕前を誇るかのように笑った。

その声音は甘く、それでいて商人特有の冷たい確信がにじむ。

「触れられることに迷いも抵抗もない。むしろ――求めるほどに仕上げております」

 雌は命じられたままの姿勢を保ち、ただ伏し目がちに呼吸を整えている。

頬はわずかに紅潮し、喉の奥からかすかな息がもれた。

視線をそらし、ふと奥の檻へ目を向ける。

そこには、まだあどけなさの残る小さな少年が、膝を抱えて座っていた。

髪はぼさぼさで、服は粗末な布切れ一枚。

しかし、その瞳だけは妙に澄んでおり、まるで状況を受け入れていないかのように、じっとこちらを見返してくる。

女商人が気づき、肩をすくめて笑った。

「……ああ、あれは珍しいでしょう? 本来ならもっと年上にして売りに出す予定だったのですが、ある筋から“未発育のまま”が欲しいと依頼がありまして」

彼女は檻の鉄格子に指を滑らせながら、蛇のように低く囁く。

「食事と薬で成長を止める。……その証が、耳の切り傷ですよ」

言われてみれば、少年の片耳には細い切れ目が入っていた。

本人は気づいているのかいないのか、ただこちらをじっと見つめ続けている――。

女商人は鉄格子を軽く叩き、にやりと笑った。

「そして――これはあくまで量産品。どこにでも出せるよう整えた、“標準規格”ですわ」

檻の中の少年は、音に反応してわずかに肩をすくめる。

その仕草を見て、女商人はさらに口角を上げた。

「まだ手は付けられていません。……ご安心を」

言いながら、指先で檻の錠を軽く撫でる仕草は、あたかも“今すぐにでも開けられる”とでも言いたげだった。


「もっとも……教育を終えるのに時間はかかりませんが」

その目は、値札ではなく、客の反応だけを値踏みしているかのようだった。

更に奥へ進むと、空気が少し湿り気を帯び、鼻をかすかに甘い匂いがくすぐった。

視線を向けた先――そこには、先程見た垂れ耳の犬獣人の雌によく似た者たちが、同じ檻に押し込められていた。

年の頃も体格もほとんど揃っており、リボンだけで隠された姿も、表情の作り方まで似通っている。

まるで型から抜いたばかりの人形が並べられているかのようだった。

女商人は足を止め、檻の鉄格子を軽く鳴らす。

「どうです? こちらは“まとめて”がおすすめでしてね」

低く、商売人らしい声音で囁く。

中の雌たちは音に反応して小さく身じろぎし、媚びるように尻尾を揺らす――その仕草すら、まったく同じだった。

女商人は檻の前でわずかに腰を屈め、鉄格子越しに雌たちの顔を示した。

「こちらはまだ歯を抜いていない個体でしてね。あぁ、ご安心を――躾はすでに終えております」

艶やかな笑みを浮かべ、唇に指先を添える。

「貴方様のお手で、お好きなように抜いて頂くことも可能です。道具を使うだけでなく……殴る蹴るで折ることも、もちろん問題ございません」

その声はやけに柔らかく、しかし内容は冷たく残酷だった。

檻の中の雌たちは、まるでそれが恐怖ではないとでも言うように、瞳を潤ませてこちらを見上げてくる。

教育済みの、条件反射の媚び笑み――人形以上に、作られた存在のそれだった。

更に奥へ進むと、空気がわずかに湿り、甘ったるい匂いが鼻をかすめた。

そこにあったのは、檻の中で静かに座るエルフの雌――だが、その腹は明らかに膨らんでいた。

女商人は、青年の視線がその膨らみに止まったことを見逃さず、薄く笑う。

「こちらは……とある需要にお応えしての品でしてね。父親はもちろんお客様方。耳の形や目の色まで、細かくご指定いただいた通りの“製造過程”でございます」

エルフは伏し目がちに、長い耳を小さく震わせた。

その仕草がかえって、無垢な少女のように見え――しかし腹部の膨らみが、その印象をすぐに壊してしまう。

女商人は檻の横に備え付けられた、節の付いた細長い棒を手に取った。

「お腹の中は、産ませてもよし……」と、わざと間を置いて笑い、

「何なら――」

棒の先端で、膨らんだ腹をぐっと突く。

エルフは小さく息を呑み、耳を震わせながら体を丸めた。

「……お楽しみの最中に流れることも、あり得るでしょうね」

その声色は、商売の話をする以上の温度も感情も無い。

ただ事実を淡々と述べるだけ――しかし、それがかえって寒気を伴う。

棒を戻し、女商人は青年の顔を見上げる。

「そういう“偶発性”を愉しまれるお客様も、少なくありません」

青年が何気なく奥へと歩みを進めようとした瞬間、

女商人がわざとらしく前に回り込み、道を塞いだ。

「……ここから先は、もっと特殊な商品でして」

視線は笑っているが、声色には妙な湿り気がある。

「そういう、“趣味”の方がご覧になる品ばかりです。――理解していただけますか?」

その言い方は、あたかも

「今さら何を」と言わんばかりだった。

まるで青年の胸の奥に潜む好奇心や嗜好を、とうに見透かしているかのように。

彼女の口角が、ほんの僅か、蛇のように歪む。

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真珠と血 ― Les Pions de la Cage @muzinamori_yu

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