第14話 - 雨と玄関と小競い合いと


雨は依然として容赦なく降り続けていた。廊下で立ち尽くす俺は、手にしたタオルを握りしめながら、深いため息をついた。天城と来理が、俺の家の浴室でシャワーを浴びている。外で待機しているのは、もちろん俺だけだ。


「……まったく、どうしてこうなるんだよ」

独り言をつぶやきながら、見慣れたフローリングを指で叩きながら、絶望と希望が混じったような感情に苛まれていた。だが、それ以上に、心の中がざわついていた。浴室の中では、二人の声がかすかに聞こえる。


「佐伯、順番なんてどうでもいいでしょ!」

天城の声だ。どうやら強気に振る舞っているらしい。声だけ聞いていると、外にいる俺を完全に無視して二人で小さな戦争をしているように聞こえる。


「佐伯先輩、お願いですから……その……変なことは……」

来理の声が続く。小さく、でもしっかり抗議しているのがわかる。浴室の向こうで水が弾ける音と混ざり、妙な緊張感を生む。


「するわけねぇだろ……」

俺はタオルを握りしめ、心の中でツッコミを入れる。外で座っているだけの俺が、なぜかこの状況でやきもきしているのが滑稽だ。だが、二人のやり取りを聞いているうちに、自然と肩の力が抜けていく感覚もあった。


「来理、ちょっと黙ってて。私が先に……」

「莉音さん、いや、でも……」

声のトーンで、二人の立ち位置と性格がはっきり浮かぶ。天城は冷静を装いつつ、どこか楽しんでいる様子が声ににじむ。来理は必死に抗議しているが、声に焦りが混じっている。


外で立つ俺は、タオルを肩にかけ、外で雨が降り続く中、玄関先の少し臭いような、心地いい匂いような臭いと浴室から漏れる湯気が混ざり、独特の湿った空気を作っていた。静かに立っているつもりだったが、心臓は少し高鳴っている。いや、これはきっと「傍観者効果」というやつだろう。


「……ふぅ」

ため息をつく。外で待つだけなのに、なぜか全身が緊張している。濡れた腕を触るたび、冷たさがじわっと腕に広がる。だが、これも長くは感じなかった。浴室のドアの向こうで、水音と声が混ざり、俺の気を紛らわせてくれるからだ。


「佐伯、もうちょっと静かにしてくれません?」

天城の声が外に響く。まるで俺に向かって言っているようだが、外で立っているだけだ。タオルを握る手に力が入る。


「……静かにしてるよ。見てるだけだ」

小さく返事をつぶやく。外で待っている俺と、浴室で戦う二人の構図は滑稽だ。だが、心の奥では少しだけ安心していた。二人が無事で、そして元気そうだから。


時間が経つにつれ、水音が徐々に落ち着いてくる。天城の声も、来理の焦った声も、少しずつ柔らかくなる。浴室から聞こえるのは、シャワーの単調な音と二人の息遣いだけだ。


「佐伯、ありがとうね」

天城の声が外に届く。にやりと笑っているのが想像できる。


「……どういたしまして」

俺は少し照れくさくなりながら答える。外に立っているだけの俺に向けての言葉だと思うと、不思議な気分になる。


来理も小さな声で言った。

「佐伯先輩……ありがとうございます……」


その声を聞き、俺はタオルをぎゅっと握り直す。濡れたまま待つ時間は長かったが、二人の無事を確認できたことが何よりだ。雨はまだ降り続いているが、庭の水滴が光を反射し、小さな虹のように輝いている。


「……さて、そろそろ中に入るか」

つぶやき、玄関に足を向ける。シャワーを終えた二人が、すっきりした顔で迎えてくれるのを想像しながら、ゆっくりと歩いた。


雨はまだ止まない。だが、今日の出来事は、俺たち三人の関係を少しだけ複雑に、そして面白くした。外で待つだけの俺――佐伯と、浴室で小さな火花を散らす天城と来理の奇妙な距離感は、まだまだ続きそうだ。

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