第13話 - 雨とシャワーと火照り


 放課後。

 けやき台駅を出た瞬間、空気が変わった。生ぬるい風とともに、ぽつり、と頬に冷たいものが落ちる。


「……あれ、降ってきた?」

天城が空を見上げる。


 次の瞬間、バケツをひっくり返したような土砂降りになった。制服があっという間に肌に張り付き、髪から水滴が落ちる。


「ちょ、急に降りすぎでしょ!」

「先輩、早くどこかで雨宿りを!」


 俺たちは半ば走るように住宅街へ。だが、傘を持っている人はほとんどいない。コンビニに入ろうかと思ったが、二人ともびしょ濡れで、冷房の中に飛び込むのはさすがにきつい。


 気づけば、俺の足は自然と自分の家の前で止まっていた。


「ここ、先輩の家ですか?」

来理が息を弾ませながら見上げる。


「……まあ、そうだな」


「じゃあ、中に入れて!」

天城は躊躇なく玄関へ向かう。

「待て待て! お前らは、隣と向かい側だろ。自分の家で浴びてくれねぇか」


「はあ!? こんなずぶ濡れで帰ったら風邪ひくに決まってるでしょ!」

「そうですよ。先輩だって風邪ひいてほしくないでしょう?」


 ずるい言い方だ。

 ため息をつきながら玄関を開ける。



 居間に入った二人は、靴下まで水を吸っているのが分かるほどびしょびしょだった。

 タオルを差し出すと、天城がすぐに髪を拭きながら言った。


「で? シャワー貸してくれるんでしょ?」

「……まあ、貸すけど」


 俺が渋々うなずくと、天城はふっと視線を鋭くした。

「……エッチな妄想なんかするんじゃないわよ!」


「はあ!? 誰がするか!」

「絶対するタイプだもん」


 来理が小声で口を挟む。

「……あの、先輩。ひとりで……その……そういうことしないでくださいね……」

「するか! お前ら人をなんだと思ってんだ!」


 二人は視線を合わせ、同時にふっと笑った。俺の抗議なんて完全に聞き流している。



「じゃあ、私が先に浴びる」

天城が当然のように廊下へ向かう。


「え、順番はジャンケンで決めません?」

来理が慌てて追いかける。


「いや、どっちも自分の家で――」

俺の声は完全に無視され、二人は廊下の先で小競り合いを始めた。


 廊下に響く言い争いと、水滴が床に落ちる音。

 俺はタオルを持ったまま、深くため息をついた。


 ――雨のせいで家まで連れ込むことになるとは。

 そしてこの調子じゃ、風呂場の前でまた火花を散らすに決まっている。

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