窓と柵と火花と
第12話 - 窓と柵と火花と
昼休み。
教室の窓際から見える校庭は、真昼の陽射しで白く輝いていた。風がカーテンを揺らし、蝉の声が遠くから混ざってくる。
そんな穏やかな景色とは裏腹に、俺の机の周りには妙な緊張感が漂っていた。
「……佐伯、今日のお弁当、またから揚げ入ってる?」
天城が机の端に肘をつき、じっと俺の弁当箱を覗き込む。
「ああ、まあな。母さんが詰めてくれた」
「ふーん……あ、来理も一緒に食べる気?」
わざとらしい声色で天城が問いかける。
「はい。佐伯先輩がいいと言ってくださったので」
来理はいつもの柔らかい笑顔で返す。だが、その視線の奥にある鋭さは、俺にだけ分かった。
「ふーん……」
天城はあえて大きく頷く。カツンと机に箸を置き、来理の方をじっと見る。
「なんか、最近よく一緒にいるわね」
「そうですか? 先輩とお話ししてると楽しいので」
……おいおい。
俺は箸を止め、そっと視線を校庭へ逸らす。
けど二人の会話は止まらない。むしろ昼のざわめきの中で、そこだけ鮮やかな色を帯びて聞こえてくる。
「莉音さんこそ、よく先輩の机に来ますよね」
「別にいいでしょ。あたしは前からこうだし」
「“前から”……なるほど。私より先に、ってことですか」
わざと含みを持たせる来理。天城の眉がピクリと動く。
……昼休みなのに胃が重い。
そして、チャイムが鳴る頃には俺の弁当は半分ほど残っていた。食べる隙がなかった。
⸻
放課後。
夕方の校舎は、昼間よりも静かで、窓から差し込む橙色の光が廊下を長く染めていた。俺は鞄を肩に掛け、下駄箱へ向かう。
――が、その途中で背後から声が飛んできた。
「佐伯先輩、帰りはご一緒してもいいですか?」
来理だ。
「いや、今日は――」と返す前に、もう一つの声がかぶさる。
「佐伯、今日は私と帰るの。朝もそう言ったでしょ」
天城が前に出てくる。
「でも、先輩はまだ何も――」
「言ったのよ、私が」
また始まった……。
下駄箱の前、夕方の光が二人の影を長く伸ばしている。その影同士まで火花を散らしているように見えた。
「じゃあ、三人で帰ればいいだろ」
俺は妥協案を出す。だが――
「「いやです」」
二人の声が完璧に揃った。俺の提案は即却下。
⸻
校門を出ると、涼しい風が頬を撫でた。道の片側は校舎の高い柵が続き、反対側は住宅街の並木道。
俺は先を歩くつもりだったが、気づけば二人が左右から並んできて、完全に囲まれる形になった。
「……先輩、さっきの窓際の席、良かったですね」
来理がふと話を振る。
「そうか?」
「ええ。景色も綺麗でしたし、風も入ってきて。お昼ご飯がもっと美味しく感じられました」
「へぇ〜、来理って窓際好きなんだ」
天城が口を挟む。
「でも窓際って、日差し強くて暑いじゃない。私は佐伯が汗かいてるの見たくないから、あえて日陰の席に誘うけど」
来理が小さく笑う。
「優しいんですね。でも、先輩は汗をかいてる姿も格好いいですよ」
……頼むからそんな危険な爆弾を投げないでくれ。
歩きながら、二人のやり取りは続く。
柵越しに見える部活帰りの生徒たちの声が、かすかに風に流れてきた。
けど、そのざわめきよりも二人の言葉の応酬の方が耳に残る。
「先輩、帰りに駅前のカフェ寄りませんか?」
「は? 今日はあたしとコンビニ寄る約束だから」
「そんな約束、聞いてませんけど」
「今した」
「……」
俺は空を見上げる。
雲一つないオレンジ色の夕暮れが広がっていた。綺麗だ。
だけど、この両サイドの空気の重さと熱は、夕陽以上に俺を疲れさせる。
⸻
駅が近づくと、二人の歩幅は自然と速くなった。
俺を挟んで、一歩でも先にホームへ着こうとする競争のようだ。
改札前、天城が俺の腕を軽く取る。
「ほら、行くわよ」
来理も負けずに俺の反対側の袖をつまむ。
「先輩、私と行きましょう」
完全に綱引き状態。
通行人の視線が刺さる。俺は頭を抱えたくなった。
「……分かった。じゃあ今日の帰りは――」
言いかけた瞬間、電車の接近ベルが鳴った。
二人は同時に俺の方を向き、笑顔を作る。だがその笑みの奥では、火花がまだぱちぱちと燃えているのが分かった。
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