第11話 - 朝と電車と火花と
けやき台駅のホームは、まだ朝の冷たい空気が残っている。
発車ベルが鳴る直前、俺はいつものように二両目の前寄りドアから乗り込んだ。座席はそこそこ空いている。だが――今日に限って、天城と来理が同時に俺の左右から近づいてきた。
「……あんた、座らないの?」
天城が小さく首をかしげて聞く。
「あ、じゃあ俺は――」と座ろうとしたその瞬間。
「佐伯先輩、こっち空いてますよ」
来理がにこやかに反対側を指さす。笑顔だが、目が全く笑っていない。
結局、俺は二人の間に座る形になった。座った瞬間、妙な緊張感が流れる。
列車は静かに発車し、原田駅を過ぎたあたりで、ついにその静けさが破られた。
「ねえ、なんであんたがここに座ってるのよ」
天城の問いかけは来理に向けられていた。
「“あんた”じゃなくて、来理です」
来理はさらっと訂正。声は柔らかいが、その一言に小さな棘が混ざっている。
「は? なんであんたに呼び方まで指図されなきゃいけないのよ」
天城は眉をひそめる。
「だって、同級生なんですから。普通に名前で呼べばいいのに」
来理はわざとらしく首をかしげ、俺の方に視線を送ってくる。
……やめろ、その目で巻き込むな。
「そもそも、なんで先輩の隣に座ってるんですか?」
天城の声に、少しだけ苛立ちが混ざる。
「なんでって……座ってはいけない理由、ありますか?」
「あるに決まってるでしょ」
「へぇ……じゃあ理由、教えてもらえます?」
「……っ」
俺は車窓に視線を移し、流れる景色に集中しようとしたが、耳は完全に二人の言い合いを拾ってしまう。
二日市駅に停車する間も、視線のぶつかり合いが続いた。
「佐伯先輩は、私と話してる時の方が楽しそうですよね?」
来理が唐突に爆弾を投げる。
「はぁ? なに勝手なこと言ってんのよ」
天城が一歩も引かない。
俺は慌てて口を挟む。
「お、おい、朝からそんな……」
「佐伯、黙ってて」
天城と来理の声が同時に飛ぶ。
……完全に板挟みだ。
「……先輩、今日は帰りも電車ですか?」
来理が口を開く。
「さあな」
俺が答えると、天城がすかさず割って入る。
「帰りは私と一緒だから」
「え、そんな約束――」
「今した」
大野城駅を過ぎ、車内アナウンスが「次は春日」と告げる。
やっと着く……と心の中で安堵する俺をよそに、二人はまだ視線で火花を散らしていた。
春日駅に到着。ドアが開くと同時に、天城が俺の腕を軽く引く。
「行くわよ」
「先輩、また昼休みに」
来理も負けじと笑顔で声をかけてくる。
ホームを歩きながら、俺は深くため息をついた。
……この朝の小競り合い、これからも続くんだろうな。
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