第10話 - 買い物と試着と暴言と


土曜の昼下がり。

特に予定もなく家でだらけていた俺のスマホに、予想外の通知が入った。


〈天城〉

「ねえ、暇?」


暇じゃないとは言えず、素直に「暇だけど」と返信すると、すぐに返事が来た。


〈天城〉

「じゃあ駅前まで来て。買い物付き合って」


そうしてたどり着いた駅前のショッピングモール。

人混みをかき分けると、天城が待っていた――そしてその隣には来理の姿も。


「……なんでお前もいるんだ」

「莉音さんが誘ったんです」

来理はにこりと笑うが、天城はそっぽを向く。


「別に……荷物持ち増やしただけ」

「俺は荷物持ち要員か」

ツッコミを入れつつ、結局二人の後について服屋へ。



最初は天城が何着か手に取り、試着室に入っていく。

俺は待っている間、店内をうろついていたが――


「佐伯先輩、これどうですか?」

来理がワンピースを胸元に当てて見せてきた。

柔らかな生地が、彼女の豊かな胸の形をやけに強調している。


「ああ……似合うんじゃないか?」

「そうですか? じゃあちょっと試着してきます」

そう言って彼女も試着室へ消える。



二人がほぼ同じタイミングで出てきた瞬間、空気が凍った。

天城はシンプルな白ブラウスにスカート。

来理は胸元がふんわり広がったワンピース姿。


「……」

天城の目が、来理の胸元に固定されたまま動かない。

次の瞬間――


「なによ! このふしだらな乳は!」

店員も周りの客も、一瞬でこちらを振り向いた。


「ふ、ふしだら……?」

来理は目を丸くし、ほんのり頬を赤くする。

「別に、サイズは生まれつきですけど」


「だからってそんな強調する服着るなっての!」

「先輩が似合うって言ったんですよ」

「佐伯……あんた……!」

天城の視線が俺に突き刺さる。


「いや、俺はただ……似合うってだけで……」

「似合う似合わない以前の問題よ!」


怒った天城は試着した服を乱暴に店員へ渡し、さっさと店を出て行った。

慌てて追いかけようとする俺の袖を、来理がそっとつかむ。


「……でも、ああいう反応、ちょっと可愛くないですか?」

にこりと笑う来理の声が、なぜか耳に残った。


天城が店を飛び出す。

残された俺と来理の間に、妙な沈黙が落ちた。


「……行ってあげた方がいいですよ」

来理が俺の袖を軽くつまみながら言う。

「そりゃそうだよな」

俺はうなずき、急いで店を出る。


外の通路を見回すと――すぐ見つかった。

天城は手すりにもたれ、スマホをいじるふりをしている。


「おい、天城」

「……なに」

返事は短い。視線は合わせない。


「さっきのは……」

「何? 言い訳?」

少しだけ振り返った天城の目は、明らかにむくれていた。


「別に言い訳じゃない。ただ……来理が持ってきた服を『似合う』って言っただけで」

「ふーん……あんた、胸が強調される服好きなんだ?」

「いや、そういうわけじゃ……」


完全に地雷を踏んだ感覚。

天城はスマホをポケットにしまい、俺をじっと見上げてきた。


「……ねえ、もし私がああいう服着たら、似合うって言ってくれるの?」

「え?」

急な問いに言葉が詰まる。

天城の瞳は、少しだけ不安と期待が混じったような色をしていた。


「……似合うと思うよ」

そう答えると、天城は一瞬だけ口元を緩めたが――すぐにそっぽを向く。

「ふん……別に、そう言わせたかったわけじゃないけど」



そのとき、後ろから足音。

「莉音さん、先輩、いましたか」

来理が合流する。袋を手に下げ、さっきのワンピースは結局買ったらしい。


「もう帰ります?」

来理が笑顔で聞くと、天城がすかさず答えた。

「佐伯はまだ荷物持ちするから」

「えっ、俺まだ使われるの?」

「当たり前でしょ」


結局、午後いっぱい二人の買い物に付き合う羽目になった。

靴屋、本屋、雑貨屋――そのたびに、天城と来理は妙な火花を散らす。


「そのスカーフ、莉音さんには似合わないかも」

「ふーん、じゃあ来理は似合うって言いたいわけ?」

「……先輩はどう思います?」

「俺に振るな!」


三人で歩くその光景は、外から見れば平和そのものかもしれない。

でも俺にとっては、ずっと神経をすり減らす時間だった。



夕方、モールの出口で解散。

「じゃあ、また月曜に」

来理が去り、俺と天城だけになる。


「……今日はありがと」

ぽつりと天城が言った。

「お、おう」

「でも――あんたは来理の味方しすぎ」

そう言い残して、天城は早足で帰っていく。


その背中を見送りながら、俺はため息をつく。

まったく……傘の貸し借りから始まったはずなのに、なんでこんな面倒な三角関係に巻き込まれてるんだ、俺は。

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