第7話 - 午後と指摘と距離と


放課後の校庭は、夕日の光に染まり、風が穏やかに吹いていた。

俺は、久賀と一緒に自転車を押しながら帰る途中だった。

ふと目を上げると、向かいの庭に来理さんが立っていて、こちらを見つめている。


「佐伯先輩、こんにちは」

敬語で軽く会釈。

俺は一瞬戸惑うが、すぐに笑みを返す。

「ああ、こんにちは、来理さん」


来理さんはにっこりと微笑むと、俺の方に歩いてきた。

「今日は少しお話ししてもいいですか?」

「もちろん」

俺が頷くと、来理さんはすぐ横に並んで歩き始めた。

夕日が二人の影を長く伸ばす。



歩きながら会話が始まる。

「佐伯先輩、放課後っていつも何してるんですか?」

「うーん、久賀と話してるくらいかな」

「へえ……じゃあ、今こうして話すのは特別ってことですね」

にこりと笑う来理さん。普段のツンツン系天城とは違う、攻めつつも礼儀正しい空気がある。


しばらく歩くと、来理さんが急に腕を軽くぶつけてきた。

「佐伯先輩、今日はもっと近くで話したいんですけど」

距離を詰めてくる彼女に、俺は少し顔を赤らめつつも心の中で笑う。


「でも……会話はタメ口なのに名前は敬語っておかしいですよ!来理さんじゃなくて、来理って呼んでください」

思わず言ってしまう。

来理さんは一瞬目を丸くして、そして笑った。

「……いいんですか?」

「もちろん」

笑顔のまま頷くと、来理も笑みを崩して少し照れたように目を伏せる。

「じゃあ……来理、ですね」

「そうそう、これでちょうどいい」



話していくうちに、来理の性格が少しずつ見えてくる。

天城のライバルであり、勝気で自信家。だけど俺と話すときは、礼儀と柔らかさを混ぜている。

「莉音さんと比べてどう思います?」

思わず訊かれて考え込む。

「……比べるものじゃないけど、二人とも個性があるな」

「ふふ、さすが佐伯先輩、ちゃんと観察してますね」


歩きながら、夕日が長く伸びる影を見て、俺は思う。

ツンツン系の天城とは距離を慎重に縮めているけど、来理は積極的に接近してくる。

名前の呼び方ひとつでも、関係性のバランスが変わってくる――不思議な感覚だ。



少し歩いたところで、来理が立ち止まり、俺を見上げた。

「佐伯先輩、これからも時々、話しませんか?」

「もちろん」

「じゃあ、よろしくお願いします、来理」

名前を呼んだ途端、彼女は笑みを大きくし、ほんの少しだけ目を細めた。


夕日が沈みかけた校庭で、俺と来理の距離は、少しだけ縮まった。

窓と庭と校庭。

呼び方ひとつで関係が変わる不思議さを、俺は静かに感じていた。


明日もまた、天城と来理、二人の女子との距離感に揺れる日常が始まる――そんな予感が、胸をそっと締め付けた午後だった。

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