第3話 - 放課後と影と距離と


放課後の教室は、窓から差し込む西日のオレンジ色に包まれていた。

俺、佐伯直哉は机に肘をつきながら、ぼんやりと外を眺めていた。

向かいの窓には、昨日と同じく天城がいる。視線は相変わらず冷たく、無表情で本を読んでいる。

だが、もう傘のことは気にしていない。昨日で一区切りがついた気がする。


その代わり、今は側近のことを考えていた。

側近といっても、別に俺専属のボディーガードみたいなわけじゃない。

けど、学校内で俺のことを理解していて、いつもそばにいる存在――つまり、親友の久賀だ。


「直哉、今日も天城、見てたろ?」

久賀は机の上に肘をつき、俺に向かって挑発的な笑みを浮かべる。

「別に見てないし」

つい否定する俺に、久賀は肩を揺らして笑った。


「いや、絶対見てたって。お前、気にしてるくせに」

その言葉に、思わず顔が熱くなる。

「別に気にしてないって」

でも、口にするたびに自分の声が少し強張るのがわかる。


久賀はそれを見抜いている。

「わかりやすいなぁ、お前って」

俺は軽くため息をつき、目の前のノートに視線を落とす。

でも、頭の中は天城のことではなく、久賀とのやり取りで忙しい。


久賀は俺の側近であり、親友であり、時には俺の影として行動してくれる存在だ。

体育祭や文化祭の準備でも、俺は大抵彼に相談する。

「直哉、俺がついてるから安心しろ」

久賀のそんな一言があるだけで、面倒なことも多少は気楽に感じられる。


放課後、校庭に出る。西日が長く影を作り、俺と久賀のシルエットが伸びる。

「なあ、直哉。天城と話すつもりか?」

久賀は軽く肩を叩きながら訊く。

「まだ先だな」

「へー、珍しいじゃん。お前が慎重になるなんて」

俺は苦笑する。久賀は冗談を言いながらも、いつも的確に俺の背中を押してくれる存在だ。


風が校庭を吹き抜ける。

「影って言うけどさ、俺にとっては久賀も大事な光だよな」

心の中で呟く。

校庭の隅に立つ影と、俺の隣にいる久賀の影が、微妙に重なって見えた気がした。


その帰り道、二人で自転車を走らせながら、俺は少し思う。

「天城はまだ遠い。でも、久賀がいるなら、少しは楽に近づけるかもしれない」

側近の存在が、こんなにも心を軽くしてくれるとは思わなかった。


帰宅して窓を開けると、向かいの天城の窓は既に閉まっていた。

夕日の中、昨日までの小さな距離感が消えたように見える。

でも、もう傘のことは関係ない。

俺には久賀がいる。俺の影であり、俺を支える存在だ。

明日も、天城との距離を少しずつ詰めながら、久賀と一緒にこの学校生活を楽しむ――そんな予感が胸を満たしていた。


窓と影と距離。

傘の話は終わったけど、新しい日常が、ここから静かに動き出している。

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