第4話 - 廊下と衝突と視線と

放課後、校舎の廊下は人影もまばらになり、少し冷たい風が窓から吹き込んでいた。

俺は机に置いたノートを片付け、帰宅の準備をしていた。

隣で久賀がスマホをいじりながら、軽く笑っている。

「直哉、今日は天城に会うチャンスあるか?」

「いや、別に狙ってないし」

口ではそう言ったが、心の奥では昨日から窓越しで目が合うたびに気になっていた。



廊下を歩いていると、前から天城が歩いてきた。

学年もクラスも違うはずなのに、放課後のタイミングが重なるとは。

天城は相変わらず背筋を伸ばし、無表情で歩いている。

だが、目が合うと微かに眉をひそめた――昨日より少し鋭さが増している。


「……天城」

思わず俺は声をかけた。

天城は一瞬立ち止まり、ちらりとこちらを見た。

「……何?」

その言い方に、ツンとした棘がある。

けれど、昨日までの窓越しの距離感を思えば、この直接のやり取りは新鮮で、胸がざわついた。



「帰るところか?」

俺の質問に、天城は一瞬ためらったように視線を下げる。

「……別に、あんたに関係ないでしょ。」

ツンツンした返答。だが、どこかで昨日の傘のことを気にしているのか、少しだけ気まずそうだ。


「そうか……じゃあ、俺は久賀と一緒に帰るから」

俺がそう言うと、天城は眉をひそめ、目を細める。

「……ふん、勝手にどうぞ」

その強気な態度に、少し笑いそうになった。


久賀が横から口を挟む。

「直哉、しつこく話しかけたら怒られるぞ」

「分かってる」

でも、心の奥では、ツンツン系の天城に挑むような感覚が少し楽しかった。



廊下の端まで歩いたところで、天城が突然立ち止まった。

「……ちょっと。ちょっと話があるだけど。」

その一言に、俺は少し驚いた。

普段は無表情で何も言わないのに、直接俺に話しかけてくるとは。

「話?」

俺が訊くと、天城は少し目を逸らしながらも、確かに俺を見つめている。


「……別に大したことじゃないけど」

そう言いながらも、手には昨日のノートを持っている。

「……あの、授業のことで、あんたに質問があって」

ツンツンしながらも、しっかりと用件を伝えようとしている天城。

そのギャップに、俺は心臓が少し跳ねる。



久賀は横で小さく笑っていた。

「ほら、見ろよ。やっぱり直哉のこと、ちょっと意識してるって」

「うるさい」

軽く突っ込む俺だが、心の中は妙に高鳴っていた。

天城の当たりの強い態度の奥に、少しだけ心を許す気配がある――そう感じたからだ。


廊下の端で立ち話。

他の生徒の気配はもうほとんどなく、二人きりの空間になっていた。

天城は少し距離を置き、ツンツンした態度を崩さない。

でも、目線は俺に向いていて、昨日までの窓越しより確実に距離が縮まっていた。


「……あの、分からないところを教えてもらえない?」

短く、しかし強気な声。

俺は思わず頷く。

「いいよ、教えてやる」

その瞬間、天城の目がわずかに柔らかくなった。

ツンツンしてても、こうして直接関わることで、二人の距離は少しずつ動き出している――そんな実感が胸に広がった。



廊下を出ると、夕日が二人の影を長く伸ばす。

窓越しの関係から、廊下での直接のやり取りへ。

久賀の存在が俺を支え、天城のツンツンが俺の心を揺さぶる。

この絶妙な三角関係――いや、距離感――が、これからの日常を少しずつ彩っていくのだと感じた。


窓と廊下と視線。

ツンツン後輩との接点が、やっと現実のものになった午後だった。

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