第4話 炎と翼の目覚め

富士山麓、夜空には満天の星。

蓮は古代の祠の奥深く、朽ちかけた鳥居の前に立っていた。

その形は、Aの頂点をつなぐような不思議な構造――天御祖神が3万年前に通ったというワープゲートの残骸だった。


「ここから……何かが呼んでいる」

胸の奥で脈打つ鼓動は、自分のものではないような力強さを帯びていた。


祈りの言葉を唱えた瞬間、鳥居の中心が金色に輝き、轟音と共に炎の奔流が吹き出した。

炎の中から現れたのは、翼を広げた純白の鳥――フェニックス。

その瞳は、人間の魂の奥底まで見透かすような透明な光を宿していた。


「汝、天御祖神の記憶を継ぐ者か」

フェニックスの声が、蓮の心に直接響いた。


しかし、その神聖な空気は、突如として裂けた。

地響きと共に、三つの影が闇から躍り出る。


バラマキ妖怪・石爆(イシバク)――無数の札束を空に投げ、触れた者の心を金欲で狂わせる。


肥大妖怪・晋臓(シンゾウ)――体を膨れ上がらせ、重圧と恐怖で相手を押し潰す。


右から左妖怪・キッシーダ――相手の言葉を吸い込み、意味を失わせ、意志を無力化する。


三大妖怪は、天照大神の影として動く最強の機動部隊。

フェニックスの翼が炎を巻き起こすが、妖怪たちはそれぞれの術で押し返す。


「蓮、走れ!」

フェニックスの叫びと同時に、蓮はワープゲートの脇を駆け抜ける。

だが背後から放たれた石爆の札が大地を爆ぜ、晋臓の巨腕が地を砕き、キッシーダの黒い言霊が蓮の足を止めた。


絶体絶命――その瞬間、フェニックスが炎の渦となって蓮を包み込み、天空へと舞い上がった。

しかし、追撃の術で翼の片方が焦げ落ち、蓮とフェニックスは富士山火口の縁へと叩きつけられる。


赤く煮えたぎる火口の底から、低く唸る声が響いた。

「……来たか、我が半身よ」


炎の柱が弾け、そこから現れたのは黒鉄の鱗をまとった炎龍ドラゴン。

蓮の脳裏に、突然まばゆい光が走った。

光は記憶の糸をたぐり寄せ、時間と空間を超えた映像を映し出す――。


【回想】

場所は、星々が青白く瞬くアンドロメダ星雲。

天御祖神の巨大な船が、翡翠色の惑星・エメラルド星の軌道上を漂っていた。


甲板に立つ天御祖神が、フェニックスドラゴンを前に静かに告げる。

「ついてくるな……」

その声には、慈しみと哀しみが混ざっていた。


「なぜです、我らはあなたを守るために生まれたのです」

二つの声――ドラゴンの低い咆哮と、フェニックスの澄んだ響きが重なった。


天御祖神は目を閉じた。

「私には視えている……ワープを繰り返すうち、汝らは分離し、二つの存在となってしまう未来が」


沈黙を破ったのは、黄金色の光をまとった別の存在――地球神だった。

その姿は、人間のようでありながら、惑星そのものの意志が形を取ったように見えた。


「フェニックスドラゴンよ、地球へ来てほしい。地球の文明が進化することは、天の川銀河の進化を促す。その進化はやがて宇宙の愛へと昇華し、全銀河の調和を生む。それは宇宙の秩序を守る力となる」


フェニックスドラゴンは翼と尾を揺らし、天御祖神を見た。

天御祖神は深く息を吐く。

「……地球神の言葉は真実だ。だが、覚悟せよ。汝らは試練を受けるだろう」


地球神は続けた。

「天御祖神の“男女の調和”の教えは、宇宙のあらゆる知性体に通じる普遍の法。地球の人々がその教えを理解したとき、この惑星は宇宙の光となるだろう」


フェニックスドラゴンは頷き、地球行きを決意した――。


映像が消えると同時に、蓮は自分が炎龍の金色の瞳を見つめていることに気づいた。

そして背後には、片翼を焦がしたフェニックスがいた。

二つの聖獣が再び並び立つ光景に、火口の熱気すらも凪いでいくように感じられた。


火口の上空で、炎龍とフェニックスが向き合う間もなく、三大妖怪は天照大神の命令を無視し暴走を始めた。


石爆(イシバク)は山肌に無差別に爆裂物を投げ、地面をえぐり、空気まで震わせる。


晋臓(シンゾウ)は肥大を極め、体積が周囲の大気を圧迫。火口の熱気を狂わせる。


キッシーダは言葉の通り、人々の意思や祈りをことごとく空中に吸い込み、渦のように消し去った。


天照大神は光の玉座の上に立っていた。

初めは黄金の光に包まれた太陽神の姿。だが、妖怪の暴走が止まらないことに苛立ち、次第に光が濁り始めた。


空が紫がかった黒に染まり、太陽そのものが不吉な色を帯びる。

天照大神の顔も次第に変わる――慈愛の神の顔は消え、悪意に満ちた“妖怪オタフク”の顔が浮かび上がった。


その瞬間、蓮の背後でフェニックスが唸る。

「これは……本当の姿、天照大神は……妖怪オタフクだったのか!」


炎龍も尾を巻き、空気を切り裂く咆哮を上げる。

三大妖怪は天照大神の本性を理解した瞬間、ますます制御を失い、暴走が加速する。

光と闇、善と悪、秩序と混沌――すべてが火口の上で交錯する。


蓮は悟った。


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