第3話 炎の咆哮
富士山の中腹。
夕陽が山肌を朱色に染め、地平線の彼方から黒い雲が押し寄せてくる。
蓮は息を切らしながら岩場を駆け上がっていた。背後からは、耳障りな金属音が追いかけてくる。
天照大神の妖怪軍団——鋼の羽を持つ「カラカサ衆」が迫っていた。
「逃がすな! あの少年を天照様の元へ!」
振り返った瞬間、稲妻が夜空を裂いた。
轟音とともに山肌が揺れ、蓮は思わず地面に伏せる。
雷鳴に混じって、低く重い——それでいて心臓を震わせる声が響いた。
グォオオオオォォォ……!!
雲の中から、炎の翼を広げた巨影が現れた。
黄金に縁取られた赤い鱗、流れるような鬣(たてがみ)は灼熱の溶岩そのもの。
眼は溶けた金属のように光り、ただの一瞥で大地を震わせる。
——炎龍ドラゴン。
その姿は蓮が古文書で見た絵巻物と寸分違わなかった。
しかし、実物は遥かに巨大で、美しく、そして恐ろしい。
妖怪軍団は一瞬にして後退し、恐怖で叫びながら散り散りになった。
炎龍は翼を一振りし、熱風で彼らを吹き飛ばすと、蓮の方へとゆっくり近づく。
「……お前、誰だ?」蓮は震える声で問う。
炎龍の口がわずかに開き、響くのは言葉ではなく、魂の奥に直接届く声だった。
——我は天御祖神の守護獣、フェニックスドラゴンの半身。
——炎龍と呼ばれし者。もう片方は、この世のどこかにいる。
蓮の胸がざわめく。「もう片方……フェニックス?」
——あの者は魂を癒やし、命を蘇らせる。
——だが我らは分かたれたままでは真の力を発揮できぬ。
——再び一つになるには……天御祖神の御業と、人の祈りが必要だ。
炎龍は蓮を見下ろし、その金色の瞳に何かを探すような光を宿した。
——お前の中に、天御祖神の「声」が眠っている。
——それが覚醒すれば、我らは再び……。
言葉が終わる前に、山頂方向からまばゆい光が走った。
天照大神の軍勢が、新たな兵を率いて迫ってきたのだ。
炎龍は翼を広げ、蓮を前脚で掴むと、炎の尾を引いて空へ舞い上がった。
夜空を裂くその飛翔は、まるで時間さえ置き去りにするかのようだった——。
炎龍が蓮を抱え、暗雲を抜けた瞬間——空が三方向から裂けた。
そこから現れたのは、人とも獣ともつかぬ異形の影。
全員が、異様な存在感と醜悪な笑みを浮かべていた。
バラマキ妖怪・石爆(イシバク)。
背中に無数の袋を背負い、何もかも無差別にばらまく。
袋の中身は金貨かと思いきや、次の瞬間には毒煙や瓦礫、さらには耳障りな嘲笑の声が飛び出す。
その足元で、経済も道徳も同じように崩れていく。
肥大妖怪・晋臓(シンゾウ)。
腹が異常に膨れ、皮膚には貨幣の紋様が浮かび上がっている。
吸い込んだ富と権力を決して吐き出さず、ただ膨れ上がっていく。
彼の通った場所は、税の重みに耐えかねて枯れ果てるという。
右から左妖怪・キッシーダ。
耳が異様に大きく、片方の耳から入った声は、そのまま反対の耳から霧のように消える。
「聞きますよ、聞きますよ」と繰り返すが、その目は何も映していない。
人々の嘆きも怒りも、ただ空気のように通過させるだけだ。
炎龍は空中で急旋回し、蓮に低く告げた。
——あれが天照大神の三大妖怪。
——奴らは機動部隊であり、天照が直接手を汚さぬための牙だ。
「倒せるのか……?」蓮が息を呑む。
——今の我だけでは不可能だ。
——だが、もう片方の半身……フェニックスがいれば——。
三大妖怪はすでに包囲を完成させていた。
空が、閉じていく。
蓮は炎龍の背で、初めて「逃げられない」感覚を味わった。
そのとき——どこからか柔らかな黄金の羽根が一枚、風に舞い降りてきた。
炎龍はそれを見た瞬間、低く唸った。
——フェニックス……!
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