第2話 — 天御祖神の七つの教え —

解析室のモニターは真っ暗なままだったが、蓮の端末は勝手に再起動を始めた。

 画面中央に、見たこともないアイコン――黄金の鳥居のシルエットが浮かび上がる。

 次の瞬間、視界が反転し、重力の感覚が消えた。


 ――足元が石畳に変わる。

 空は紺碧、遠くに雪を抱いた山がそびえ、川辺では白い衣の人々が礼をしている。

 そこは現代の東京湾ではなかった。


 「ここは…」

 声を出したはずなのに、音は出ず、代わりに脳内へ直接響く返答があった。


 > 『蓮よ、これは天御祖神の記憶の断片。七つの教えの最初を、見届けよ』


 振り返ると、25メートルの巨人が立っていた。白銀の外套に、翡翠色の瞳。

 天御祖神だった。


 巨人は両腕を広げ、ゆっくりと地上の人々に向かって膝を折る。

 そして、最も年長と思われる長老に深く頭を下げた。


 > 『礼儀は心の形。目上の者を敬い、同じく弱き者をも敬え。それが天と地を繋ぐ第一歩』


 人々は一斉に天御祖神へ手を合わせた。

 蓮はそれが、後の日本文化で「お辞儀」「合掌」と呼ばれる所作の原型だと悟る。


 だが、その光景の端で、数人の男たちが互いに目配せしていた。

 彼らは立派な衣を纏い、手に奇妙な装置――天御祖神の教えを記録するための多面水晶――を握っている。

 その瞳には、敬意ではなく計算が宿っていた。


 映像が乱れ、空が赤く染まる。

 蓮の視界に、都市を覆う炎、争う人々、そして神殿に押し入る男たちの姿が映った。

 水晶に刻まれた教えが、次々と別の言葉へと書き換えられていく。


 > 『この記録は…改ざんされている』


 蓮が呟くと、頭上の空間が波打ち、黄金の鳥居が現れた。

 そこから黒い影が降り、蓮の腕を掴む。冷たい機械の感触。


 「時空干渉体検出。対象を排除する」

 機械声が響き、蓮は空中へ引きずり上げられる。


 その瞬間、足元の地面が割れ、白い龍が飛び出した。

 龍は蓮を掴んだ影を一撃で弾き飛ばし、空へと舞い上がる。


 > 『急げ。この時代はまだ安全ではない』


 龍の声が、天御祖神の声と重なって聞こえた。


 次の瞬間、視界が再び反転し、蓮は解析室の椅子に戻っていた。

 しかし、机の上には黄金の羽が一枚、静かに落ちていた。

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