ヒストリーフェニックス

@Noriyuki777

第1話 忘却のプロトコル

東京湾岸サルベージドーム。

 夜の海は黒い油膜のように静まり返り、巨大クレーンが沈没都市の残骸を引き上げていた。


 蓮は古代文献のデータ復元オペレーターとして働いていた。今日の依頼は匿名クライアントから届いた暗号化ファイルの解析だ。

 スクリーンに浮かび上がったのは、教科書にも載らない曲線的な文字――ヲシテ文字。

 しかもこれは現代学界が「偽物」として葬ったホツマツタヱの原本データだった。


 文字列をAI解析にかけた瞬間、蓮の視界が白く塗り潰される。

 映像が脳に直接流れ込んできた。


 ――広大な星雲が、銀色の渦を描いている。

 その中心から、翡翠色に輝く星が近づいてくる。

 【アンドロメダ星雲 エメラルド星】という字幕が現れる。


 やがて、空間の裂け目に巨大な構造物が浮かぶ。形はアルファベットの“A”に似ており、その頂点は一本の梁で完全に結ばれている――地球の鳥居に酷似したワープゲートだ。

 そこを抜けて現れたのは、全高25メートル、白銀の外套を纏う巨人。

 【天御祖神(アメノミオヤカミ)】。


 背後には20メートル級の護衛兵、そしてアリほどの背丈しかない小人族も従っている。彼らが乗る宇宙船は、地球の山をも覆う大きさだった。


 低く澄んだ声が、蓮の脳内に直接響く。

 > 「神は支配者ではない。神は星と人をつなぐ橋である」


 映像が次々と切り替わり、天御祖神の七つの教えが断片的に示される。

 礼儀作法、天と地の違い、男女の調和、人生の儀式、祈願と祭り、敬と学び、そして秩序と調和――。

 だが、その映像の端に、不穏な影が見えた。

 神の教えを聞くはずの者たちが、互いに視線を交わし、薄く笑みを浮かべている。後に「八百万の神」と呼ばれる人神たち。


 突然、解析ソフトがフリーズし、モニターが暗転。

 「アクセス権限を失いました」という冷たいシステム音声。

 同時に、蓮の端末に匿名メッセージが届いた。


 > “そのデータは忘却のプロトコルに指定されている。直ちに破棄せよ”


 蓮は画面を閉じなかった。

 これは単なる古代史ではない。

 3万年前、宇宙から訪れた至高神がもたらした真実――そして、それを抹消し、歴史を奪った者たちがいる。

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