異海に潜むもの
平中なごん
一 蛸の村
俺と彼女のマスミはお互い旅行を趣味にしていた。
だが、混み混みしている場所は嫌いなので、旅行と言っても行くのは有名な観光地とかではなく、例えばうらぶれた温泉街だとか、あまり世間では知られていない静かで鄙びた地方都市なんかがもっぱらだ。
そんなある日、マスミが「いい所を見つけた」と嬉々とした声で伝えてきた。
支障があるので実名と位置情報は伏せるが、ギリギリ言えるヒントとしては伊勢と須摩を合わせたような名前の海辺にある町だ。
そこは特に観光を売りにしているようなこともなく、主要産業といえば漁業ぐらいの、少し語弊のある言い方をすれば、いわゆる〝何もない〟田舎の漁村である。
だが、俺達にとってはむしろそこのがいい。溢れる観光客に辟易することもなく、のんびり日常を離れた時間を楽しむことができるし、〝何もない〟とは言っても海辺の景色だとか神社仏閣・旧跡だとか、地元の風習や郷土料理だとか、意外とそれなりに見どころはあるというものだ。
それにその漁村には、俺達みたいな旅好きを惹きつける魅力がもう一つあった……他では見られないような、極めて独特な民間信仰だ。
村人達はその信仰対象を〝だご様〟と呼んでいる。
まあ、簡単に言ってしまえば豊漁を約束してくれる海の神様なのだが、どうやら古くからの土着の信仰が元になっているらしく、『古事記』・『日本書紀』にあるものとは明らかに異なる独自の神話を持っている。
その神話によると、この世界を創った原初の存在は巨大なタコであり、だご様もその創造主のタコにより生み出された眷属神の一柱であるため、村人達はタコを神の化身として非常に大切にしており、禁忌として絶対にタコを食べないのだそうだ。
なんか響きが似ているし、〝だご様〟という名前もタコが訛ったものなのかもしれない。
また、だご様は民俗学でいうところの〝
なので、本州の〝
その瑠璃の島の象徴なのか? 村の沖合には先端の尖った特徴的な岩礁があり、〝
そうしたところからすると、おそらくは沖縄や奄美地方なんかの南の島に共通する、素朴な海の民の原始的信仰がその土台となっているのだろう。
もっとも、名前の類似や「海の彼方来る」というその性格から、一部の
ともかくも、そんな独自の神話体系を持っているため、戦前は国家神道政策で単に〝
その漁村の話をマスミから聞いた俺は、彼女同様、俄然、興味を覚えた。しかも、その年に一度、海の彼方からだご様が来訪する祭が近いというではないか!
俺達は即決すると、次の旅の目的地をその漁村に決めた──。
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