[はやボク] 1-13.満点を取れないカラオケ
「タカタカタンッ タカタカタンッ タタンドゥンドゥクドゥクドゥク トウィーントウィーンウォー♪」
……ってイントロから歌うんだ。
怪訝そうなボクの顔に気づいたソラは、カラオケの再生を止めた。
「今『そこから歌うの変』って思ったでしょ? キミ、分かってないな?《ダンバインとぶ》はこの部分がその次に続くすべての楽曲と歌詞に価値を……」
「分かった、分かった、悪かったよ。うん、確かにそうだね。このスラップベースの流れ、すごくかっこいいよね」
「だろ~? 何だ分かってるじゃん! じゃ仕切り直して……っと」
再びソラは《ダンバインとぶ》のイントロから歌い始めた。
歌うのも上手い。
ゲームのプレイのときと同じような正確なリズム取りに加え、まったく音程のズレがなく、コブシの入れ具合も絶妙だ。
「ふぃ~、熱唱したぜ。さて、得点は…… おう!八五点! 今日はキミが聞いてくれたおかげで上々だな!」
違う。
イントロを歌わなければ間違いなく百点だ。
ソラは天性の才能もあるけど、徹底的なやり込み型の秀才でもあるんだ。
何度も繰り返し、間違いを自覚し、改善して、完璧になるまで、何度も、何度も……
昨日ピアノの演奏を褒められて照れたのは、ソラはピアノを弾くのが本当に好きだからなんだ。ピアノに対しての誠実さは、他のものに対してのそれとはまったく性質が違うんだ。
ゲームとかカラオケとか、そういうのが好きなのとは違うレベルで。ソラにとってのピアノは他のなにかとは全然違う特別なものなんだ。
それだけに《志半ばで挫折するかもしれない》と言ったソラの言葉が虚しさを強調する。
ピアニストになるには、ゲームやカラオケを完璧にこなすレベルのものとは次元が違う《覚悟》が必要なのは、音楽の世界のことをよく知らないボクにでも分かる。
でもだからこそ、あのただ完璧じゃない、ゆらぎがあり、機械的ではない心がある、ソラの想いが《生きたい》という強いメッセージが溢れ出すあのピアノの演奏をもっと聞きたいし、おこがましくも世界に分かって欲しい。そう思ってしまう自分があまりにも痛々しい。
「さ、こんどはキミの番だよ? なに歌う?」
こちらの苦悩を知ってか知らずか、明るく振る舞うソラ。ズルいよ……
「いや、ボクはいい。下手だし人前で歌うとか恥ずかしいし……」
「ふーん。そうなんだ。それはつまり私のリィスゥァイタルゥに付き合ってくれるってことかなぁ~?(笑)」
そう言うと、今度は一九七九年TV版サイボーグ009の《誰がために》を選択した。
またイントロから歌うつもりか。ていうか何でレトロアニソンレパートリーなんだ?
その日、ソラのレトロアニソンを二十曲ほど聴いた。どれも完璧なまでの歌唱だった。イントロを歌わなければ、すべて百点であろう完璧な歌を。
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